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最もシンプルな家具、スツールの奥深さ

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.20 2023.3.9

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
近著「デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ」(PRINT & BUILD)
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最もシンプルな家具、スツールの奥深さ

形、素材、構造などに関係なく、人が腰掛けることができれば、それはスツールです。4本脚の木の椅子は古代エジプトですでに使われていたので、より単純で制約の少ないスツールにそれ以上の歴史があることは間違いありません。つまりスツールとは、おそらく世界中で最も古くから存在してきた家具。ただしすべてにおいてシンプルだからこそ、個性を発揮させるにはデザイナーにも相当の力を要します。ここに紹介するのは、それぞれに魅力的な存在感をそなえた7脚です。

最もシンプルな家具、スツールの奥深さ

スツールの名作としてよく知られているのが、マックス・ビルが1954年にデザインした「ウルムスツール」です。ドイツの総合造形学校バウハウスで学んだ最後の巨匠と評されるビルは、自身が初代校長を務めたウルム造形大学の学生のために、このスツールをデザインしたといいます。 左右の板をつなぐ棒の部分を持って持ち運べたり、横にして積み重ねられたりと、従来のスツールをはるかに超えるアイデアが盛り込まれました。またパーツのジョイントやディテールには、職人的な木工の技が生かされています。ウルム造形大学は、やがてハンス・グジェロやオトル・アイヒャーといったデザイナーがかかわり、そのデザイン哲学はブラウンをはじめとするドイツ企業に根づいていきます。そんな歴史を象徴する記念碑的なプロダクトとして、ウルムスツールを位置づけることができます。

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フランスのミッドセンチュリー期に活躍したジャン・プルーヴェの代表作に「スタンダードチェア」があります。その初期モデルが発表された1930年代半ば、同様の素材や技術を用いてデザインされたのが「タブレ・メタリーク」でした。タブレとは低めのスツールや小型テーブルを指すフランス語で、メタリークは金属製という意味。鋼板を折り曲げて高い剛性をもつ構造をつくり上げる手法は、スタンダードチェアをはじめとするプルーヴェの代表作の数々と共通しています。カラーリングも、フランスのヴィンテージ家具を彷彿とさせるブルーマルクールやジャパニーズレッドなど計4色を揃えています。

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20世紀を代表する家具デザイナー、チャールズ&レイ・イームズによるスツールといえば「イームズウォールナットスツール」です。これは1960年、イームズ夫妻がニューヨークのタイム&ライフ・ビルディングのロビーのインテリアを手がけた際、タイムライフチェア(イームズエグゼクティブチェア)と一緒にデザインしたものでした。タイムライフチェアは、しっかりとしたアルミニウムのフレームに、優美なレザー張りのクッションを合わせたもの。それに対してウォールナットスツールは、高級材である無垢のウォールナットを削り出し、艶やかに仕上げてあります。彫刻的なフォルムは、イームズ夫妻が熱心に収集していた世界各地の民芸品からインスピレーションを得たものかもしれません。その後のポストモダニズムにも通じる造形にタイムレスな独創性があります。

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世界的建築家として名を馳せるフランク・ゲーリーにとって、「ウィグルスツール」を含む「イージー・エッジズ」シリーズは家具における代表作です。一連の家具が発表された1972年は、60年代までの主流だったモダニズムの勢いが衰え、それまの規範に収まらない新しいデザインが登場し始めた時期。機能を逸脱した奇抜なフォルムと、安価なものの代名詞である段ボール紙との組み合わせは、そんな状況の中で衝撃をもって受け入れられます。そのインパクトは、今なお衰えていません。そしてゲーリーの前衛性をいち早く認めたのがスイスの家具ブランド、ヴィトラでした。アメリカを拠点とする彼は、自身にとってのヨーロッパで初めての建築として、1989年にドイツでヴィトラデザインミュージアムを完成させています。

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ドイツ出身のジャージー・セイモアは、現代のデザインシーンでひときわユニークな存在です。日本においては、赤い樹脂でスケートボード用のランプを丸ごと包んだ壮大なインスタレーション「スカム・スケート」を2004年に手がけるなど、その才能がいち早く注目されていました。彼の作風は、ストリートカルチャーやサブカルチャーの要素と、難解なコンセプトがミックスされ、さらにどこかダークな未来を思わせるところがあります。2018年発表の「ブリューラマ」はスツールとテーブルのシリーズで、アルミニウムを用いて単純明快な構造をつくったもの。頑丈で耐候性があることから屋内外を問わず使うシーンを選びませんが、このデザインの魅力はそれだけではありません。まずはジャージー自身のウェブサイトを覗いてみることをおすすめします。

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イギリス人デザイナーのジャスパー・モリソンが、日本のマルニ木工のためにデザインした家具のひとつに「T&Oスツール」があります。同シリーズの椅子はT字型の背もたれが特徴なのに対し、スツールのほうは座面がO字型。中央の楕円形の穴は、持ち運ぶ時にハンドル代わりになります。座面と4本の脚部によりごくシンプルに構成されたスツールですが、3次元の曲線美が生み出す優しげな表情は、モリソンが得意とするもの。また、このフォルムを量産するマルニ木工の技の確かさも表現されています。同じシリーズには高さの異なるハイスツールもあり、一連のアイテムをファミリーとして取り揃えています。

最もシンプルな家具、スツールの奥深さ

現在を代表する家具デザイナーのひとり、コンスタンティン・グルチッチによるスツールの新作に「チャップ」があります。リサイクルプラスティックを用いた小型のスツールで、機能に徹した佇まいが魅力。軽量で持ち運びやすく、スタッキングが可能で、屋外で使うこともできます。また座面の下に専用のトレイをセットすると、携帯電話や電源ケーブルを置くのにちょうどいい場所が生まれます。シンプルさと多機能の両立は、ウルムスツールに通じるものです。このスツールのもうひとつの特徴は、価格がきわめてリーズナブルであること。仕事場や自宅に、来客用として揃えておいても負担になりません。こうした気軽さは、あらゆる家具の中でもスツールならではと言えるでしょう。

椅子を手に入れるなら、長い時間をともにする大切なものを選ぶにあたり、どうしても慎重になってしまいます。しかしスツールは限られたシーンで役立つことが多く、小さめなので普段も邪魔になりません。そしてふとした瞬間に、そのデザインのクオリティが生活を豊かにしていることに気づかされます。スツールは、暮らしにさまざまな愉しみをもたらしてくれる、並ぶもののないアイテムなのです。

現在、21_21 DESIGN SIGHTにて土田貴宏氏がディレクターを務める企画展「The Original」を開催しています。MAARKETでは、ご招待券15組30名様にプレゼントも開催中。詳しくはこちら

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