現在カート内に商品はございません。

日々の気分を変える、時計のデザイン

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.24 2023.11.21

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
近著「デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ」(PRINT & BUILD)
Twitter

日々の気分を変える、時計のデザイン

デジタル機器が身の回りに増えたため、すぐに時刻がわかる現在。しかしそれでも多くの人が腕時計をするように、インテリアの中に置き時計や壁時計があることには意味があります。なぜなら時間を知ることが、そのデザインを目にする体験をもたらしてくれるからです。デジタルに表示される数字でしか時を意識しないのは、その便利さと引き換えに、ちょっと味気ないような気もします。

日々の気分を変える、時計のデザイン

目を楽しませてくれる時計の代表格といえば、ジョージ・ネルソンが1940年代から数多く手がけた「ボールクロック」のシリーズでしょう。12個のボールが目盛りの役目を果たし、短針と長針の形にも工夫が凝らしてあります。平面としてデザインされがちな壁時計ですが、ボールという立体的要素で構成したことで、オブジェのように見えてきます。マルチカラーのボールを用いたタイプは、ひときわポップで明るい雰囲気。一方、ビーチやブラックのタイプもあり、北欧風のインテリアにも合います。ミッドセンチュリーデザインのアイコンとして知られるボールクロックですが、意外性のあるコーディネートにこそ魅力がありそうです。

日々の気分を変える、時計のデザイン

時計のデザインに関して、最も高く評価されてきた人物のひとりにマックス・ビルがいます。スイスに生まれ、1920年代にドイツの造形学校バウハウスで学んだ彼。その作風は、機能主義に基づくデザインの可能性が計り知れないことを教えてくれます。ドイツのユンハンスのために手がけた時計は、短針と長針の長さに合わせて独特のサンセリフ書体の数字が記されました。これは時刻を読み取る行為を、時計のデザインに忠実に反映させたものと考えられます。ジョージ・ネルソンの時計に比べると、マックス・ビルのほうが細かい表示を施しているのに、こちらのほうがミニマルな印象を受けるのも不思議です。

日々の気分を変える、時計のデザイン

ジョージ・ネルソンによる時計は、ボールクロックだけではありません。彼は、同様のアプローチで置き時計も数多くデザインしていました。「トライポッドクロック」は、3本脚が特徴の時計。そして何よりも、ゴールドカラーが空間の中でユニークな存在感を発揮します。それだけで見るとインパクトが強そうですが、小振りなサイズなのでけっして派手すぎず、デスクの上やベッドサイドなどをアクセサリーのように彩ってくれます。目盛りの数字を省いてモダンにデザインされた文字盤も、その佇まいに合っています。ネルソンの隠れた名作に違いありません。

日々の気分を変える、時計のデザイン

ドイツ出身のディーター・ラムスもまた、機能を重視したデザインでいくつもの名作を残しました。往年のブラウンから発表されたオーディオやキッチン家電は、技術の進歩とともに製造されなくなりましたが、このアラームクロックは仕様を変えながら現在も流通しているプロダクトのひとつです。マックス・ビルのデザインと共通するミニマルさをもちながら、ラムスの作風にはどこか親しみやすさがあります。たとえば、アラームの針のグリーンや秒針のオレンジ色といったカラーリング。その色使いは機能的であると同時に、使う人への思いやりなのです。長短針の先端には蓄光素材を用いています。

日々の気分を変える、時計のデザイン

20世紀のデンマークを代表する建築家で、家具デザイナーとしても有名なアルネ・ヤコブセン。彼がイーレク・ムラと共同で設計した市庁舎が、デンマーク第2の都市オーフスにあります。その市庁舎のための時計を原型に製品化されたのが、「アルネ・ヤコブセン ウォールクロック ローマン」です。オーフス市庁舎では、外観上の特徴である高さ60mもの塔や、館内の吹き抜けに面する通路の上などに、ローマ数字を用いた時計が据え付けられました。この時計もヤコブセンがデザインしたもので、放射状にレイアウトされた細長い書体が特徴です。たとえ遠くから見て数字が判読できなくても、それが目盛りの役目を果たすことを意図したのかもしれません。

日々の気分を変える、時計のデザイン

「リキ クロック」は、日本のデザイナーの第一世代ともいえる渡辺力が2003年に発表したもの。細い目盛り、くっきりとした針、そして明るく軽快な雰囲気の数字を、きわめて見事なバランスで配置してあります。また短針の長さと数字の位置や、長針の長さと目盛りのサイズが、ぴったり一致している点でロジカルなデザインともいえるでしょう。さまざまな要素の中で、この時計のイメージを決定しているのは数字のフォルム。BERNHARD TANGOという筆記体系の書体で、本来は2や5が小さく、6や8が大きく描かれる特徴があります。リキ クロックでは、その大きさを揃えて均等に並べ、完成度の高い文字盤をつくり出しました。また文字盤の周囲は、タンバリンなどの楽器をつくる技術を応用した成形合板の円筒を使用しています。

日々の気分を変える、時計のデザイン

デンマークで1904年に創業したジョージ・ジェンセンは、銀細工の工房としてスタートし、現在もジュエリーや卓上用の銀器をラインアップしています。デザイナーのヘニング・コッペルは1954年からこのブランドと協業し、そこから生まれた製品は両者の代表作になっていきました。1978年に登場した「ヘニング コッペル クロック」も、そのひとつ。3本の針がつくる優美なシルエットに、大小の点で記された目盛りが調和しています。彼が手がけた銀器には、しばしば大胆なほどに有機的なフォルムが見られました。クロックはそれに比べると控えめですが、同じ感性がディテールにしっかり生きています。

日々の気分を変える、時計のデザイン

冒頭にも書いた通り、現在において置き時計や壁時計は必ずしも必需品ではありません。しかし空間の中に時計があると、時間を知りたい時、スマートフォンよりもそちらに自然と目が行くものです。また家族と一緒に暮らしているなら、ウォールクロックはみんなが共通して視線を向けることになります。日々の気分を変えるきっかけとして、いろいろな時計のデザインをあたらめて見つめ直してはどうでしょうか。



BACK NUMBER
Menu