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マンジャロッティ、建築としての家具

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.23 2023.8.29

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
近著「デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ」(PRINT & BUILD)
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マンジャロッティ、建築としての家具

建築家が手がけた家具には、マスターピースとされるものが少なくありません。中でもイタリアのアンジェロ・マンジャロッティは、1950年代から先進的な建築のあり方を追求し、そのノウハウを家具のデザインにも積極的に生かしていきました。時に「最後のモダニスト」と呼ばれる彼の作風は、あくまで合理主義を貫きながら、素材の選択や造形も卓越した独特のもの。3つの代表作を軸に、彼のフィロソフィについて考えます。

マンジャロッティ、建築としての家具

「エロス」というテーブルのシリーズは、1971年にデザインされたアンジェロ・マンジャロッティの代表作です。古代建築の柱を思わせる円錐型の脚部と、脚部を差し込むための窪みのある天板は、このシリーズに共通するもの。いずれもイタリア産の大理石でつくられています。大理石の重量が、このテーブルを安定させているのです。建築家としてのマンジャロッティは、プレファブ工法の先駆者として知られています。建築に用いる柱や屋根などを工業的に製造し、敷地で組み立てるこの工法を、彼は当時からさまざまに試みていました。独特の成形を施した大理石からなるテーブルは、そんな考え方を発展させた家具です。

マンジャロッティ、建築としての家具

プレファブ工法では、部材と部材をどのように連結するかを想定して形状が決定されるので、結合用の金具などを最低限にできます。エロスも同様に、天板と脚部だけでテーブルとしての実用性を実現しました。これほど純粋なフォルムに到達したテーブルは、右に並ぶものがありません。マンジャロッティは、1978年に「インカス」、1981年に「アゾロ」と、やはり天然石で構成されたテーブルを発表しました。インカスはピエトラ・セレーナという砂岩の一種、アゾロは花崗岩(御影石)を用いたものです。天板に脚をはめこむ構造は同じですが、石の重量、強度、硬さをふまえ、形状やディテールには違いがありました。素材を見きわめることもまた、マンジャロッティにとっては重要だったのです。

マンジャロッティ、建築としての家具

エロスは構造においては建築と深く関連していますが、その造形は彫刻的でもあります。実際に彼は多くの彫刻作品も手がけており、その造形を建築やプロダクトに応用しました。大理石は、彼が好んで彫刻に用いた素材でもあります。有機的な曲線を取り入れたエロスのフォルムは、マンジャロッティと親交のあったヘンリー・ムーアらによるモダンアートを連想させます。

マンジャロッティ、建築としての家具

「カバレット」は、逆V字型のサイドフレームをはめて、上へと積み増していくモジュール式シェルフ。重量によって安定する構造がエロスと共通しており、やはり建築のコンセプトを発展させたものと位置づけられます。箱型の木製キャビネットは、四隅の脚で全体を支えるのが一般的ですが、それとはまったく異なる合理的な発想がこのデザインを生み出したのです。サイドフレームの形状が、木という素材にふさわしいことは、言うまでもありません。

マンジャロッティ、建築としての家具

建築家による家具は、ある建築の造形を家具に転用したものや、ひとつの建築プロジェクトのトータルデザインの一環としてつくられたものなど、誕生までの経緯はさまざまです。マンジャロッティの場合は、デザインの発想そのものが建築と似通っているところにユニークさがあります。比較的近いのは、やはりプレファブ建築に早くから取り組んで、オリジナルの部材も数多く自作していたフランスのジャン・プルーヴェでしょう。ただし用いる素材の多様さや、住空間の豊かさに対する思い入れは、マンジャロッティならではのもの。それらはイタリアの歴史的な風土や文化と結びついているようです。

マンジャロッティ、建築としての家具

マンジャロッティが、イタリア・ムラノのヴィストージというガラス工房と協業して手がけたのが「ジョガーリ」です。1960年代前半、建築家としての活動と並行してヴェネチア建築大学で教鞭を執った彼は、この地の特産品であるガラス工芸に間近に触れることになりました。学生たちと一緒にムラノ島を訪れて、ガラスの製法や特性を知り、創造の可能性を探求したといいます。その成果として1967年に発表されたのがジョガーリです。ひとつひとつのピースは円環を折り曲げたフックのような形で、それを連結することで多彩な立体構造をつくることができました。

マンジャロッティ、建築としての家具

ジョガーリは、マンジャロッティの家具に比べると、あまり建築とは関連していないように見えます。しかし素材にふさわしい形を見出し、その特徴を最大限にデザインに生かす発想はまったく変わりません。ガラスの重さや表面の円滑さも、ピースを連結して安定した形をつくる要素です。こうして生まれた構造が、光源からの灯りを拡散して美しく輝くのです。ジョガーリは、ムラノガラスのものづくりの歴史に新しいページを加える名作になりました。もしも素材をプラスチックなどに置き換えたら、このデザインは意味を失ってしまうのです。

いくつもの領域の枠を超え、一貫した姿勢のもとでデザインの革新を目指したマンジャロッティ。だからこそ、大きなスケールの建築で実践したことが、そのプロダクトからも伝わってきます。イタリアでは今年、ミラノ・トリエンナーレで過去最大規模のマンジャロッティの回顧展「構造が形になる時」が開催されたり、彼のドキュメンタリー映画が公開されるなど、再評価の機運も高まってきました。その姿勢から学ぶべきことは、まだたくさんあるに違いありません。

参考文献:「Angelo Mangiarotti」ギャラリー・間(TOTO出版)、「アンジェロ・マンジャロッティ 構築のリアリティ」(Opa Press)



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