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チャールズ・ポロックという天才がいた

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.09 2021.07.20

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。毎月20日の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
近著「デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ」(PRINT & BUILD)
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チャールズ・ポロックという天才がいた

アメリカの家具ブランド「ノル」は、1938年の創業以来、数々の偉大なデザイナーたちと協業してきました。チャールズ・ポロックは、その中であまり目立つ存在ではありませんが、時代を象徴するような名作を生み出しています。あらためて彼の仕事にフォーカスしてみます。

チャールズ・ポロックという天才がいた

ノルと聞いて誰もが思い浮かべるのは、エーロ・サーリネンハリー・ベルトイアといった家具デザイナーでしょう。またミース・ファン・デル・ローエマルセル・ブロイヤーによる、バウハウスゆかりの製品もよく知られています。一方、チャールズ・ポロックはきわめて寡作なデザイナー。しかし彼の作風は、20世紀のモダンデザインのひとつの到達点を思わせる、上質さ、優雅さ、実用性が見事に結晶したものでした。

チャールズ・ポロックという天才がいた

1930年にアメリカ・フィラデルフィアで生まれたポロックは、ニューヨークを代表するデザイン学校であるプラット・インスティチュートを優秀な成績で卒業。やがて学生時代に面識を得ていたデザイナーのジョージ・ネルソンの下で働きます。当時、50年代のネルソンは、ハーマンミラーのディレクターとして活躍し、「マシュマロソファ」や「ココナツチェア」といった代表作を手がけていました。ポロックは彼の事務所で「スワッグレッグ」シリーズの開発を担当したといいます。これは、有機的な曲線美を金属製の脚部にも採用した、画期的なフォルムをそなえた家具でした。

チャールズ・ポロックという天才がいた

1958年に独立したポロックは、ハーマンミラーの好敵手だったノルを率いるフローレンス・ノルに、アポイントなしで面会を試みます。その時に持っていった自作の椅子の試作品が、同社シニアデザイナーのヴィンセント・キャフィエロの目に留まりました。それをきっかけに実現したのが、1961年に発表された「ポロック アームチェア」です。クローム仕上げの4本の脚部と、黒いアルミニウムのフレームに、十分な厚みのあるカウハイドを張ったスマートな構造。全体のイメージは、建築家ル・コルビュジエがイギリス軍の折り畳み椅子から発想したという「LC1」を彷彿とさせるところもあります。しかしあらゆるディテールに、ポロックらしいバランス感覚と素材選びの巧みさが息づいています。

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たとえばポロックアーム チェアのアームレストはアルミニウムでできています。脚部に使われたスチールに比べ、アルミニウムは手や腕に触れた時に冷たさを感じにくいのです。またシート部分は上部と前方左右のみが固定され、レザーの立体的な曲面が座る人の体を柔らかく受け止めます。フレームが体に当たって座り心地を損なわないように、シートとフレームの関係が綿密に計算されていることがわかります。洗練された無駄のないプロポーションにもかかわらず、座った時に安定感や安心感があるのは、そのためでしょう。

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ポロックアーム チェアと似た雰囲気をもつノルの椅子に、当時のポロックの同僚にあたるリチャード・シュルツによるアウトドア用の椅子があります。1966年に発表された「シュルツ コレクション ラウンジチェア」は、ビニールファブリック張りの座面を左右から挟み込むような構造になっています。屋外使用を前提としているため、フレームはすべてアルミダイキャスト製。雨水を逃すように、花びらやオレンジの断面を思わせる8ピースに分かれた天板を持つ「シュルツ コレクション ペタルテーブル」も一緒にデザインされました。シュルツとポロックにどんな交流があったか定かではありませんが、彼らが同じ時代の空気を吸っていたことが、そのデザインの佇まいから伝わってきます。

チャールズ・ポロックという天才がいた

1963年、ポロックは代表作の「ポロック エグゼクティブ チェア」をデザインしました。これは座面が回転するワークスペース向きの椅子で、堂々とした風格があり、いかにも往年のアメリカのオフィスに似合いそうな佇まいです。構造上の特徴は、豊かな丸みを帯びたシートのシェルの周囲に、アルミニウムの押し出し材を巡らせた点です。この材をまるでロープのように扱い、シートの周囲をカバーするとともに、シェルに張り地を収め、視覚的にも高級感をもたらしました。やがてポロック エグゼクティブ チェアは、ノルのオフィスチェアのアイコンとして定番商品になっていきます。ただし65年にフローレンス・ノルが一線を退いたこともあり、ポロックはそれ以降、主にヨーロッパ企業との仕事に取り組むようになったといいます。

チャールズ・ポロックという天才がいた

ポロック エグゼクティブ チェアが大ヒットしたことから、ポロックはデザイン史に名を刻むことになりました。しかしその後の彼は、デザイナーとして大々的に活躍するまでには至りませんでした。知られているのはイタリアのカステリから1982年に発表した椅子「ペネローペ」に限られます。しかし2010年を過ぎ、バーンハルトデザイン代表のジェリー・ヘリングがポロックを再評価し、彼の所在を突き止めて新しいデザインを依頼します。それが、シャープな輪郭と柔らかいレザーシートで構成されたラウンジチェア「CP」でした。2012年に発表されたこの椅子は、ポロックにとって約半世紀ぶりのアメリカ企業からの製品化になりました。

チャールズ・ポロックという天才がいた

あるインタビューでポロックは、バーンハルトデザインの仕事は、フローレンス・ノルとの出会いのようにめったに訪れないチャンスだったと語っています。60年代にノルの仕事を離れてから、ポロックが多くの製品を手がけることなく過ごしたのは、マーケティング主導のメーカーとのプロジェクトがうまく行かなかったのが大きな理由のようです。それに対してフローレンスには、優れたデザインを求める明確な意志があり、美意識があり、覚悟があったに違いありません。2013年、ポロックは長く拠点としたニューヨークで、不慮の火災のため世を去りました。しかし彼の残した家具は、タイムレスに愛されるデザインの条件を、静かなメッセージとして発しつづけています。

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