INSIGHT|vol.29インサイト|vol.29

The Original

INSIGHT

スペインのモダニスト、ミゲル・ミラの明かり
2024.11.1


豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。

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今年8月、スペインの偉大なデザイナー、ミゲル・ミラが世を去りました。1931年に生まれ、20世紀後半から照明器具をはじめとして数々の名作を手がけた彼は、スペインのデザインシーンになくてはならない人物でした。この国のモダニズムの発展を、ミゲル・ミラの活躍と並行するものとして捉えることもできるでしょう。

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スペインといえば建築家のアントニ・ガウディがよく知られています。バルセロナ市内にある彼の傑作のひとつが1910年竣工のカサ・ミラ。デザイナーのミゲル・ミラは、「ミラ」という名前が示すように、この建物のクライアントだった人物と親類関係にありました。彼の家系が文化的にも経済的にも恵まれていたことを窺わせるエピソードです。ミゲル・ミラは1931年バルセロナ生まれで、兄のアルフォンソに勧められバルセロナ大学の建築学校に進学。卒業はしませんでしたが、やがてアルフォンソとフェデリコ・コレアの運営する建築事務所でインテリアの仕事を始めます。この時期、彼らはスペインの合理主義を代表する著名な建築家、ホセ・アントニオ・コデルクとしばしば協働して大きな影響を受けたようです。

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1920年代末をルーツとし、大戦後にコデルクらが確立して、ミゲル・ミラ以降の世代へと受け継がれたスペインの合理主義。これは、ル・コルビュジエらが提唱した前衛的な近代建築のあり方と、地中海の風土の中で育まれた住文化の本質を、独自に融合させた面がありました。また、バルセロナを中心とするカタルーニャ地方には、限られたリソースを生かして豊かなものづくりを成し遂げてきた精神性があるといいます。ミゲル・ミラが1962年にデザインした照明器具「セスタ」にも、そんな傾向が反映されています。原型になったのは、ミラが道端で見つけたオーバル型のガラスの球体を、籐製のバスケット(スペイン語でセスタ)に載せてハンドルをつけたものでした。必要な場所に簡単に移動でき、テーブルや棚の上でも、フロアに置いても使用できます。

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「TMM」は1961年発表の照明器具で、セスタと並ぶミゲル・ミラの代表作です。彼はシェードの高さを変えられるフロアライトを数多くデザインしており、最初に手がけたのは叔母のために1956年に制作した「TNランプ」でした。その可動部の機構や全体のフォルムが徐々に洗練されて、数年後にTMMが完成したのです。フレームはすべて木で形づくられ、好きな位置にシェードを固定するためにラバー製のストッパーを採用。ケーブルを引っ張ることで明かりのオンオフができたりと、構成要素を最低限にしています。ミゲル・ミラは、照明に限らず住空間のために何かをデザインする時、それが使われていない状態も必ずイメージしたといいます。TMMのすっきりとして控えめな佇まいにも、そんな意識が表れています。

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TMM以降も、ミゲル・ミラは同様の構造による照明器具のバリエーションを試みていきます。1996年発表の「TMD」では本体にメタルを用いて、その印象をミニマルにアップデートしました。TMDテーブルランプは、フレームの下部にケーブルを通すためのリングがあり、こうしたディテールが実用性を高めるとともにプロダクトとしての表情を豊かにしています。スペイン有数の照明ブランドであるサンタ&コールは、1985年に創業してから徐々にミゲル・ミラのデザインの製造や復刻をスタートし、彼の最晩年までさまざまなコラボレーションを行いました。TMDは両者の親しい関係の中で生まれたもので、フロアランプもラインアップされています。

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同様にセスタも、素材や設え方のバリエーションが生まれました。ウォールランプやペンダントランプもありますが、ユニークなのはフレームにメタルを用いた「セスタ メタリカ」でしょう。モダンな印象を与えるステンレスのフラットバーと、レザーハンドルのコンビネーション。近代建築の巨匠、ミース・ファン・デル・ローエがスペインに残した名作バルセロナ・パビリオンや、そこに置かれたバルセロナチェアのイメージをどこか連想させる組み合わせです。

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「アサ」はミゲル・ミラの初期の作品で、1961年に発表されました。1本の金属製の棒を折り曲げて、下部ではシェードを持ち上げるベースとし、上部は移動時のハンドルとしています。合理的な発想から生まれたデザインに違いありませんが、同時にどこかユーモアを感じる造形。シェードから出た小さな突起がスイッチです。ホワイトアクリル越しに広がる光も優しく、ベッドサイドや小さめのダイニングテーブルなどにぴったりの、さりげなく完成された日用品です。

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バルセロナでは2014年にデザインミュージアム(Museu del Disseny de Barcelona)が開館しました。所蔵品展を通してスペイン及びカタルーニャのデザインを観ると、冒頭で触れたガウディのような作風がその流れのごく一部であることがわかります。展示品の多くは人々の生活に近いところで生まれ、日々の暮らしに役立ってきました。そしてミゲル・ミラは、そんなデザインの基調を築いた第一人者でした。照明だけでなくホームユースの家具やパブリックファニチャーにおいてもさまざまなアイテムを発表し、それらの一部は自国において今なおスタンダードです。アメリカ、フランス、イタリアなどの国々に比べると、スペインのミッドセンチュリーのデザインは世界的にあまり再評価が進んできませんでした。しかし今後はミゲル・ミラをひとつのきっかけとして、その意義が顧みられていくのではないでしょうか。



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