INSIGHT|vol.17インサイト|vol.17

初夏のコペンハーゲンで過ごす3日間

INSIGHT

初夏のコペンハーゲンで過ごす3日間
2022.08.25


豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。

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毎年6月、デンマークの首都コペンハーゲンでは「3daysofdesign」(スリー・デイズ・オブ・デザイン)というイベントが開催されます。他の都市のデザインイベントが規模や華やかさを競いがちな中、コペンハーゲンの地域性と結びついた3日間限りの催しは、人々の日常とデザインのちょうどいい関係を思わせるものです。会期以外も訪れることのできるショールームなどを中心に、今年の3daysofdesignの様子をリポートします。

初夏のコペンハーゲンで過ごす3日間
 
3daysofdesignを訪れてあらためて感じたのは、この約10年間でデンマーク発のデザインが大きくアップデートしたという事実です。それまでのデンマークというと、20世紀の巨匠たちが高く評価され続ける一方、新世代のデザイナーが出にくい状況がありました。しかし2000年代以降、コンテンポラリーな感覚をもつブランドが次々に現れてシーンが活性化。レストラン「noma」が決定的にしたニューノルディックと呼ばれるフード業界のトレンドが、北欧の地域性や伝統を見直して再解釈する転機になったとも言われます。コペンハーゲンを拠点とするNorm Architectsは、このムーブメントを象徴するデザインスタジオ。彼らがトータルで手がけた複合施設「The Audo」は、約1世紀を経た建物をリノベーションしたもので、3daysofdesignの会期中は館内の宿泊エリアも公開されました。タイムレスで質感豊かな空間に、彼ららしさがあふれています。

初夏のコペンハーゲンで過ごす3日間
 
Norm Architectsは「ソフト・ミニマリズム」をテーマに活動していますが、同じくコペンハーゲン在住のKristina Damの作風もかなりミニマルです。ミース・ファン・デル・ローエや安藤忠雄を敬愛し、色彩においては無彩色と素材色しか用いない作風は、とてもストイック。彼女は自身のスタイルを彫刻的ミニマリズムと呼び、機能に縛られないフォルムの美しさも一貫しています。この国の名門であるデンマーク王立美術アカデミーで建築とグラフィックをマスターした彼女は、平面作品から家具、オブジェなど多様な作品を発表していて、活動のスケールをさらに拡張しています。

初夏のコペンハーゲンで過ごす3日間
 
ソファブランドとして名高い「Eilersen」は、デンマークのインテリアマガジン「ARK JOURNAL」でスタイリストを務めるPernille Vest⁠を起用して、市内のショールームで展示を行いました。明るく朗らかな雰囲気の中に、アースカラーの張地に包んだソファをレイアウトし、アンティークの花器やロイヤルコペンハーゲンのテーブルウェアなどをディスプレイ。ソファの快適さを空間全体で表現したかのようなプレゼンテーションでした。3daysofdesignの数ある展示の中でも、来場者の滞在時間が最も長い会場だったのではないでしょうか。

初夏のコペンハーゲンで過ごす3日間
 
「File under pop」は、Josephine Akvama Hoffmeyerが2015年に設立したブランド。室内用のタイルや塗料のプロデュースと、それらに関連したインテリアデザインを手がけています。またイタリアのデザイナー、エリザ・オッシノとコラボレーションしたタイルブランド「h+o」も年々知名度を高めてきました。3daysofdesignの会期中は、スタジオを公開して製品のタイルなどを展示。その空間の設えや日常的に使っている家具などのプロダクトも、豊かで奥深い色彩感覚をそなえるブランドの感性を伝えていました。

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「Studio x」はインテリアデザインを主に手がけるとともに、ショップやカフェを運営しているユニークなスタジオです。ショップが扱うアイテムは、特定のブランドのものを取り揃えるのではなく、デザイナーごとの個性を見きわめてひとつずつ厳選されています。アレッシィやE15のようなインターナショナルなブランドから、地元の個人作家のものまで、そのセレクトの感覚はとても的確。デンマークの先端のクリエイションが、いかに柔軟で広い視野をもち、領域を超えて発揮されているのかが体感できます。

初夏のコペンハーゲンで過ごす3日間
 
2018年にオープンした「Tableau」は、きわめて斬新で実験的なフラワーショップです。中心人物のJulius Værnes Iversenは家業を継いでこの店を始めましたが、デザインやアートの素養を積極的に生かして次々に新しい取り組みを行います。国内外のブランドとコラボレーションしてプロダクトを発表する一方、インテリアデザインやミラノデザインウィークへの出展も行うようになりました。市内にある店舗はDavid Thulstrupがデザインしたもので、以前の壁材を剥がしたままの壁面と、鮮やかなブルーのカーペットが眩しいコントラストを生んでいます。3daysofdesignに際して展示された新進デザイナーによる家具やオブジェは、合成樹脂や人工的な色彩を多用したものが異彩を放ちました。今までの北欧の流れとは違う、未知のムーブメントを予感させます。

初夏のコペンハーゲンで過ごす3日間
 
どことなく「Tableau」に近いセンスを感じたのが、コペンハーゲン発のファッションブランド「Baum und Pferdgarten」のブティックです。1999年にふたりの女性によって設立されたこのブランドは、大胆な色使い、美しいファブリック、個性的なプリントなどに特徴があり、何よりポジティブさと自由さを感じさせます。今年のミラノデザインウィークで注目を集めたスウェーデンのデザイナー、Tekla Evelina Severinがそのスーツを着用して多くのメディアに登場したのもニュースでした。ショップのインテリアは家がモチーフで、リビングルーム、ベッドルーム、キッチン、バスルームを模した4つのスペースで構成。タイル張りのバスルームの浴槽には金魚が泳いでいます。

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コペンハーゲンのキッチンブランド「Reform」のショールームでは、少量生産の家具を発表している工房「Niko June」によるパフォーマンスを実施。その職人がショールームに滞在して、Reformが用いる材料などを素材に即興的に作品を制作したり、一般参加のワークショップを行ったりしました。ミュラー・ファン・セヴェレン、セシリエ・マンツ、ジャン・ヌーヴェルはじめ優れたデザイナーや建築家を次々に起用しているReformですが、今回のイベントでは今までとは違う一面を見せてくれた印象。職人がカスタマイズしたグラスのプレゼントもありました。

初夏のコペンハーゲンで過ごす3日間
 
3daysofdesignは、その名の通り3日間で観て回るのにちょうどいい、完璧にオーガナイズされたデザインイベントです。市内の移動についても、バス網に加えて近年は地下鉄の整備が進み、イベントに参加しているショップやショールームの大半に気軽に足を運べるようになっています。日が長く気候のいい6月だから、1日中動いてもストレスがありません。難点としては、今年はホテルが取りにくかったことです。観光客にとってもベストシーズンなので、これは早めに手配を済ませるしかないかもしれません。3daysofdesign以外にも、アートや食など新鮮なトピックが絶えることのないコペンハーゲン。刺激的な場所を足早に巡っても、ひたすらゆっくり過ごしても、心から満足できる魅力的な都市です。


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