INSIGHT|vol.16インサイト|vol.16
INSIGHT
ジョージ・ソーデンが注目される理由
2022.06.23
豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。
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ジョージ・ソーデンは、今年80歳を迎えるベテランのデザイナーですが、そのクリエイションの勢いは今なお衰えません。現在、世界的に人気が高まっている「ソーデンライト」は、彼の作風を象徴するようなアイテム。80年代にポストモダニズムの代表的存在だった頃から一貫する、自由さやポジティブさと合理性を兼ねそなえたプロダクトです。
2021年のミラノデザインウィークで、ジョージ・ソーデンは「ソーデンライト」の豊富なバリエーションを発表しました。場所は著名なファッションブランドのブティックも多く、常に人通りの絶えないミラノ中心部のスピーガ通り。自身も会場に立って来場者に説明をする姿が見られました。ソーデンライトはシリコンの発色を生かしたデザインが特徴で、ほどよい透光性があり、明かりを灯した時も灯さない時もそれぞれに美しい色合いを見せます。またソフトでマットな素材感にも、独特な魅力があります。ペンダントライト、フロアライト、ポータブルライトなどそれぞれに個性のある光が並ぶ様子は、とても印象的でした。
ソーデンライトの色使いや、幾何学形態を基調にしたフォルムは、ソーデンの活動の初期から見られるものでした。イギリス出身の彼は、大学で建築を学んだ後に、当時のイタリアで存在感を増していたデザイナーのエットレ・ソットサスに惹かれるようになります。後に巨匠となるソットサスに手紙を出したことが、彼がミラノに渡ってデザイナーとして活動するきっかけになりました。1981年にソットサスを中心に結成され、ポストモダニズムを主導していくデザイン集団「メンフィス」では、ソーデンも設立メンバーとして数々の作品を発表。装飾の再評価、自由な発想、意外性のある色使いが一世を風靡します。こうした作風が、ソーデンライトにも受け継がれているのです。
ポストモダニズムのデザインは、しばしば「ユーモア」や「遊び心」といった言葉で形容されます。しかし当時のデザイナーたちの活動の意図を考えると、そのデザインが人を笑わせることを目的にしていたとは考えにくいところがあります。たとえばソーデンは、1970年代から装飾の意義について考えていました。装飾は古くから人々がつくり、使ってきたものの多くにそなわっていましたが、20世紀半ばにかけて広まったモダニズムは機能に結びつかない要素を排除していきます。「形態は機能に従う」というわけです。しかし、それが本当に「もの」のあり方の普遍的な真理なのか。人々の感性に強く訴えかけるソーデンの表現は、モダニズムが絶対ではないことや、装飾性に愛着を生み出す鍵があることを教えてくれます。
今年、ソーデンはデンマーク・コペンハーゲンのブランド「RAAWII」とコラボレーションして新作「シング」を発表。このブランドは、やはりメンフィスに参加していたナタリー・ドゥ・パスキエの作品も発表して、ポストモダニズム・リバイバルの一翼を担っているようです。これは、単なる過去のムーブメントの再評価や懐古趣味ではありません。何らかの規範を求めがちな現在のデザインシーンに対して、彼らの活動はいっそう眩しさを放っているのです。パスキエもソーデンと同様に、近年、目覚ましいほどの活躍をしています。RAAWIIからのふたりの新作は、今年6月のミラノデザインウィークやコペンハーゲンの3デイズオブデザインで披露されました。
ソーデンがデザインしたシングは、スツールとしてもサイドテーブルとしても使える家具です。幾何学的な造形とボールドな色使いは、もちろんここでも共通しています。主素材はアルミニウムですが、シリコンを思わせる質感をそなえているのも特徴で、室内だけでなく屋外でも使うことができます。機能を第一に考えるなら、もっと座り心地のいい座面や、実用性に優れた構造を考えることができるでしょう。また色使いも、より空間に調和しやすい選択ができるはずです。一方、ソーデンのつくるものには、彼の感性や独自性がはっきり息づいています。インテリアの中にこうした要素がいくつも散りばめられることで、空間の豊かさが増していくに違いありません。これは彼の創造性を貫く姿勢ではないでしょうか。
インテリアの中にソーデンライトがひとつあるだけで、空間が明るく、楽しげに見えてきます。それは単に色使いやフォルムのせいではなく、ソーデンの思想がものに込められているからでしょう。彼の場合、その思想は70年代から脈々と培われ、ひとつの線上に発展してきたもの。一般的なクライアントワークとは異なり、自身の名前を冠したブランドを設立してつくっているプロダクトだという事実も、この照明器具が彼にとって特別な位置づけであることを物語っています。ソーデンライトは、そんなちょっと特別な背景をもつプロダクトなのです。
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