INSIGHT|vol.14インサイト|vol.14
INSIGHT
深澤直人、ふつうを超えた「ふつう」
2022.03.09
豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。
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現代のシーンにおいて最も目覚ましい活躍をしているデザイナーのひとり、深澤直人。無印良品のように日常的なブランドから、イタリアはじめ世界各国のトップクラスの家具ブランドまで、手がける仕事の幅広さは彼の特徴でしょう。そのすべてに一貫するキーワードが「ふつう」です。特別なものよりも、すばらしく「ふつう」なものを生み出しつづける彼の作風は、今日のデザインの指針に他なりません。
深澤直人が、広島にある家具メーカー「マルニ木工」から「HIROSHIMA」アームチェアを発表したのは2008年。1933年の創業以来、数多くの椅子をつくってきた木工メーカーにとって、この椅子はエポックメイキングな1脚でした。それまでのマルニ木工は、ヨーロッパのクラシックな木製家具をモデルとする装飾的な家具を主力商品にしていました。機械の力も積極的に生かしながら、複雑なフォルムを効率よく成形するノウハウを培ってきたのです。「HIROSHIMA」アームチェアは一見シンプルな椅子ですが、その繊細な曲線には過去のものづくりのノウハウがしっかりと生かされました。
シンプルにして上質な木の椅子というと、多くの人がまず思い浮かべるのは北欧のモダンデザインかもしれません。「HIROSHIMA」アームチェアは、日本のデザイナーと木工メーカーのタッグがそれに匹敵するものを生み出しえることを、世界に向けて証明しました。最初にイタリアのミラノサローネで披露されて以来、この椅子の評価は着実に高まり、現在は世界30カ国以上に輸出されています。「HIROSHIMA」アームチェアのフォルムは、単に見た目が美しいだけではありません。身体になじむ快適な座り心地と、空間の中で醸し出す堂々とした存在感がともにそなわっています。これは定番となる椅子には欠かせない要素でしょう。国内はもちろん海外においても、この椅子は深澤直人の代名詞になりました。
深澤は、「HIROSHIMA」アームチェアを発表した後にマルニ木工「MARUNI COLLECTION」のアートディレクターとなり、継続していくつもの家具を手がけています。昨年、発表された新作椅子「Tako」は、その新しいステージを思わせるものでした。うねるような脚部や、それらと背もたれとの連結部の造形は、かつてないほど有機的なものを感じさせます。このフォルムは量産が難しかったものの、メーカーとの長年の信頼関係の積み重ねが製品化を実現させたのです。深澤のデザインには、携帯電話「INFOBAR」(2003)や「±0」の加湿器(2003)のように、発表時はユニークに見えながら、やがて世の中に広く根づいていったものが珍しくありません。Takoもまた新しいスタンダードになる可能性を秘めています。
「Za」はアメリカの「エメコ」から昨年発表されたスツールです。エメコは第二次世界大戦中にアメリカ海軍が使用するために開発された「ネイビーチェア」が特に有名な家具ブランドで、それはアルミニウムでできた頑丈、軽量、メンテナンスフリーな1脚でした。深澤直人は、そんなエメコというブランドの性格をふまえた上で、既存のラインアップの中になかった円形の座面のスツールを発想しました。座面の膨らみはただ丸いだけでなく、人の骨格を意識して立体的なフォルムが決定されています。強く主張する椅子ではありませんが、誰もが無条件で親しみやすいデザインになっています。
イタリアの「マジス」のために深澤直人がデザインした椅子に「サブスタンス」があります。シートはポリプロピレンの一体成形で、脚部は木、アルミニウム、スチールなどのバリエーションをもたせました。プラスチック一体成形のシートを採用した椅子といえば、アメリカのイームズ夫妻が1950年前後に発表したシリーズが最も有名です。そのフォルムは、座る人の快適さを第一に考えるとともに、プラスチックをグラスファイバーで強化した素材FRPの性質に基づいたものでした。以来、多くのデザイナーがそのアップデートに励んできた、プラスチックチェアのひとつの基点です。深澤によるサブスタンスは、「HIROSHIMA」に通じる滑らかな曲線を用いて、おおらかでリラックスした感覚をもたらしています。イームズの椅子に比べて全体的に丸い印象があり、脚部のカーブもそのラインに呼応しています。
「テンポ」もイタリアのマジスの製品で、すみずみまで潔く構成したウォールクロックです。深澤のデザインには、しばしば世の中に無数に存在するアイテムに対して、その原型といえる状態を提示したものがあります。文字盤から数字を排し、短針、長針、インデックス、そして外周のラインに同じ太さの線を用いたテンポは、その好例といえるでしょう。ただしこのデザインのポイントは、どこかユーモラスで愛らしくも見えるところです。デザイナーとしての活動と並行して日本民藝館の館長を務める深澤は、すぐれた民藝品の魅力をしばしば「かわいい」と表現します。それはキャラクターとしてかわいいのではなく、普遍的に人々の直感に訴える愛らしさがあるということ。どんなにシンプルなものでも、そんな魅力をもちえるのです。深澤の感性は、その機微にきわめて敏感です。
深澤直人は、台湾のテーブルウェアとキッチンウェアのブランド「TG」の製品をデザインするにあたり、自身が台湾の人々に感じていた「人懐っこくて、優しくて、誠実」という印象を出発点にしたといいます。そう聞くと単純な作業のようですが、その感覚を高度な造形と結びつけるには、ものを見る目や感じる心が確かな上に、十分な創造力と経験を要するに違いありません。食べ物や飲み物を運ぶため、手や口に直接触れるテーブルウェアは、家具以上に人の感覚に近いところで機能するからです。TGのグラスやカラフェの佇まいは、凛とした風情と優しげな表情が溶け合った独特のもの。ヨーロッパのグラスウェアの主流とは一線を画した、穏やかな美しさがあります。
深澤直人の近著『ふつう』(D&DEPARTMENT PROJECT)を読むと、いたるところに漠然と存在しているありとあらゆる「ふつう」が、彼のデザインの糧になっていることがわかります。ふつうとは、決して単なる平均値でも、ありふれたものでもありません。それは、つくり手と使い手のコミュニケーションの積み重ねにより、静かにクオリティを高めて普遍に至ったもの。長い歴史の中で廃れることなく存在しつづける、集合知の結晶です。ふつうのすごさに学ぶことは、難しくないでしょう。しかし深澤は、その学びの先に、やがて「ふつう」に至るものを自ら生み出せる稀有なデザイナーなのです。
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