INSIGHT|vol.10インサイト|vol.10

パリのデザインを巡る

INSIGHT

パリのデザインを巡る
2021.08.20


豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。

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メゾン・エ・オブジェやパリ・デザインウィークなどのイベントが定期的に開催されるフランス・パリ。他都市から足を伸ばしやすいこともあり、いつも2~3日滞在するだけですが、仕事でしばしば訪れてきた街です。その度に新旧を問わず、自分にとって新鮮なものとの出会いがあるのです。一昨年から昨年にかけて、特に印象的だった場所をいくつか選びました。

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建築やデザインについて無数に見どころのあるパリで、モダニズムを象徴するものといえばル・コルビュジエにまつわる建物。彼が1930年代に完成させたポルト・モリトーの集合住宅は、最上階に自身の住居兼アトリエを構えた場所でした。ル・コルビュジエはサヴォア邸はじめ多くの名作住宅を手がけたものの、妻イヴォンヌのための別荘「カップ・マルタンの休暇小屋」を別にすると、自邸を建てていません。この集合住宅にあった住居は、世界的巨匠が生涯を過ごした場としては実に慎ましい空間です。ただし細部まで多様な工夫や造形を取り入れ、豊かな色と素材感で彩られました。白い曲木椅子はコルビュジエ・チェアと呼ばれることもある、ル・コルビュジエが自身の建築に多用したものです。この自宅兼アトリエの見学は予約不要で、ル・コルビュジエ財団のウェブサイトにオープン時間などの詳細があります。

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ポルト・モリトーの集合住宅と同じパリ西部の16区に、ル・コルビュジエによる初期の住宅の代表作、ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸があります。この建物は、アートコレクターだった銀行家ラウル・ラ・ロッシュの住宅とル・コルビュジエの兄アルベール・ジャンヌレの住宅が一部で連結したもので、ラ・ロッシュ邸は内部の見学が可能です。印象的なのは、「白の時代」ならではの白い箱のような建築が、内部は立体的に入り組んでいること。そして建築家の自宅よりもさらに大胆に色彩が用いられていることです。居住スペースだけでなく、アートに向き合うためのホールもまた、ホワイトキューブとは対照的に抽象画のような芸術性とダイナミズムがそなわっています。

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パリでは2019年から翌年にかけて、シャルロット・ペリアンの大規模な回顧展「Charlotte Perriand: Inventing a New World」が開催されました。会場はブローニュの森にあるFondation Louis Vuittonです。ペリアンは1927年から10年間、ル・コルビュジエの事務所で経験を積んだデザイナー。この展覧会は、彼女がル・コルビュジエらと共同で家具を発表した1929年のサロン・ドートンヌでの展示空間を忠実に再現するなど、非常に力の入った内容でした。過去のデザインの遺産を検証して再評価し、将来へと継承するために、こうした企画には大きな意義があります。日本のモダンデザインについてもぜひ見習いたい動きです。

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現代のフランスを代表する家具デザイナーとして、個人的に注目しているのがChristophe Delcourtです。国内外の家具ブランドと協業するとともに、自身のレーベルでのコレクションもラインアップを増やしてきました。自然素材を多用した製品は、その工程のほとんどをフランスの工房で行っています。ジャン・ミシェル・フランク、ピエール・シャロー、ジャン・プルーヴェといった自国の巨匠たちにインスパイアされてきた彼は、使う人を優美に見せる家具を心がけているといいます。昔はピアノ工房だった静かな中庭に面したショールームでは、その世界観が空間からも伝わります。

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インテリアデザイナーのJoseph Dirandも、多くの美しい空間をつくり上げています。個人邸やホテルを多く手がける彼の作風を、比較的気軽に体験できるのがレストランです。アートセンターのパレ・ド・トーキョーに併設されたMonsieur Bleuは2013年オープンで、大理石、ベルベット、真鍮といった素材の組み合わせは時代を先取るものでした。こうしたプレモダンを思わせる素材とともに、椅子にはエーロ・サーリネンのカンファレンスチェアをセレクト。ディランがインテリアを手がけたパリ市内のレストランには、装飾芸術美術館のLoulouやシャイヨ宮のGirafeがあり、やはりサーリネンやウォーレン・プラットナーらの椅子が使われています。

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こちらは日本でも有名なAstier de Villatteの展示空間。一昨年9月のメゾン・エ・オブジェの際に開催されたエキシビションの様子です。テーブルウェアのバリエーションでよく知られていますが、手仕事で制作された小ぶりのシャンデリアはアメリカのメリー・シンダーによるデザインで、このブランドのセンスをよく表す逸品。壁のタペストリーや布張りのアームチェアなど、クラシックな要素をふんだんに配したスタイリングも気になります。パリのショップはサントノレ通りにあり人気を博しています。

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フランスのデザイナーばかりが、現在のパリのシーンを盛り上げているわけではありません。Hôtel Saint-Marcは、ミラノを拠点にするDimorestudioがインテリアを手がけました。ゴールドやシルバーのデコレーション、グラフィカルなテキスタイル、そしてクラシックから彼らのオリジナルまでの時代を超えた家具など、多様な要素を折衷して現代性が表現されています。また市内要所のオペラに近く、使い勝手のいいブティックホテルでもあります。ちなみに20世紀の半ばには、イタリアのジオ・ポンティもパリで数々のプロジェクトに携わりました。彼らに共通する装飾志向は、この都市と不思議な相性のよさを感じさせます。

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2019年末にオープンしたOGATA Parisは、日本の緒方慎一郎が17世紀の建物をリノベーションしてつくった複合施設です。器などの日用品、アンティーク、茶葉などの販売を行うほか、レストランと茶房を設えてあります。国内においてもインテリアデザインや飲食店のプロデュースで定評のある緒方。日本の伝統に根差した彼の創造性が、パリの歴史的な街並みを背景に冴えわたっています。特に茶房では、食事を通して空間を五感で味わう貴重な体験ができました。異文化間の摩擦がフォーカスされがちな昨今だからこそ、この場所は文化の混交が多くの実りをもたらすことを伝えているかのようです。


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