INSIGHT|vol.05インサイト|vol.05

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」

INSIGHT

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
2021.03.20


豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。

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「スタジオ・トルヴァネン」は、ミカ・トルヴァネンとジュリー・トルヴァネンが2015年に設立したフィンランドのデザイン事務所。互いにデザイナーとして異なるバックグラウンドをもち、その違いを生かして表情豊かなプロダクトを次々に手がけています。昨年は自身のブランドを設立し、新しいテーマに取り組むふたりに注目します。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
フィンランド生まれのミカ・トルヴァネンは、工業デザインの事務所に勤めた後、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに留学。アメリカ生まれのジュリー・トルヴァネンは建築を学び、家具会社の運営などを経て、フィンランドのアアルト大学で学びました。「私たちふたりは母国語が違うので、よくお互いを誤解します。それが物事を意図せず揺さぶって、熱い議論や好ましいプロセスをもたらすことがあります」とジュリー。視点や経験の違いが、互いに豊かなフィードバックをもたらし、スタジオ・トルヴァネンの世界観をつくり上げていくのです。 「私たちがゴールとするのは、新鮮で美しいだけでなく、一目瞭然で、理解しやすく、静かで主張しないデザイン。これが自分たちに課している挑戦です」

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
MUUTOの「レストアバスケット」は、スタジオ・トルヴァネンの設立前、2010年にミカがデザインしました。ペットボトルのリサイクル樹脂を活用した多機能バスケットです。適度な柔軟性をもつ素材の性質をふまえ、コーナー部分の上部に切り込みを入れて、全体的に丸みを帯びたフォルムに仕上げています。無駄な要素のないデザインでありながら、明るさや優しさを感じさせるのは、アルテックやイッタラなどの製品に見られるフィンランドデザインの伝統に通じるところ。グレーがかった色使いのバリエーションも、素材感とよくフィットしています。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
「ビスチェア」は、ミカによる椅子の代表作のひとつです。滑らかに成形されたプライウッド製のシェルと脚部は、どの角度から見てもすっきりとしたラインを描いています。「機能と目的を満たすことを追求するのは、フィンランドのデザインにおいて長くテーマであり続けてきました。街中のフリーマーケットでさえもたくさんの名作が見つかります」と彼らはコメントしています。ミカが子どもの頃から目にしてきたデザインのエッセンスが、こうした形態に反映されているに違いありません。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
2017年発表の「CATCH ALL」は、高いところに設置すると帽子置きやハンガーフックとして、低い位置に設置するとシューズラックなどとして使えます。スタジオ・トルヴァネンのデザインには、身近にあるものの機能を再考し、ちょっとした工夫で新しいものを生み出すケースがいくつもあります。 「プロダクトは使うためのものなので、グッドデザインは機能を起点とすると信じていますが、同時に私たちがデザインするものは独自の個性をそなえなければなりません。機能が複雑であっても、見た目が複雑であってはいけないのです」

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
「私たちの関心は、常に進行中のプロジェクトのまわりを動き回っています。ガラス、コルク、布張り、木の家具、またはテキスタイルのパターン」とスタジオ・トルヴァネン。彼らは多様な素材に取り組んでおり、その素材を主題として独自のアイデアをふくらませていくのです。ジュリーによる「PINE NEEDLES」は、松葉をモチーフにステッチを施したテキスタイルで、2019年のヘルシンキ・デザインウィークで発表されました。ヘルシンキ郊外の島ラウッタサーリに住む彼らが、身近にある自然から得たインスピレーションを生かしたのでしょう。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
素材から発想するデザインの魅力は、「SKETCH VASES」でも発揮されています。このフラワーベースは、まだ液体に近い高温のガラスが固まり切る寸前に、縁の部分をハサミでカットしてつくるのだそうです。ガラスが完全に固まるまで、どんなふうに形状が変化していくかはわかりません。スタジオ・トルヴァネンのアプローチが、量産品だけを対象にしていないことがわかります。18世紀からガラスづくりを行うフィンランドのヌータヤルヴィの工房で制作されました。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
「SHAPES」は、機能を重視するスタジオ・トルヴァネンには珍しい、明確な機能をもたない彫刻的なオブジェです。普段から目的なしにスケッチを描いているミカが、そのスケッチをもとに3Dプリンタなどで模型をつくり、最終的にブロンズ職人が制作しました。部分的に植物を思わせる枝分かれしたフォルムは、彼の手の自然な動きを思わせます。スタジオ・トルヴァネンのプロダクトの繊細なバランスは、こうした直感的要素がひとつの核であるに違いありません。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
スタジオ・トルヴァネンは、2019年に「Pidät」というブランドをスタートしました。自主的にデザインした日用品を製品化し、このブランドで販売していきます。第1弾として発表された「BIRD SILO」は野鳥に餌を与える道具で、すべてリサイクルプラスティックでできています。「地球に害を与えない素材でプロダクトをデザインできるという考えはとても刺激的でした。Pidätは私たちにとっての実験室で、新しい素材やデザインした製品から学んだことをさまざまに試みていきます」
「新しいプロダクトも古いプロダクトも物理的な存在であり、人々がそれをどう使うかは実際には変わっていません。時代とともに変わったのは製造方法と、製品のライフサイクルをどう設定するか。用いる素材、製品寿命、リサイクルかアップサイクルか廃棄かという使用後の処理を考慮しなければなりません」。
Pidätのように、デザイナー自身がブランドを始めるケースは世界的に目立っています。それは本当にデザインしたいものと、世界中の市場に向けて大量生産されるものとの間の溝が大きくなっているからかもしれません。しかし最初に流通する量が少なくても、その反響が大きければ、同じコンセプトを応用してより広い市場を目指すことができます。実寸のモックアップをつくる工房をもち、独立した活動を大切にするのは、「思考と創造に集中する時間、空間、そして自由を与えてくれるから」とスタジオ・トルヴァネンのふたり。作風は穏やかで親しみやすくても、創造性の核に確固とした信念があることが伝わります。


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