INSIGHT|vol.04インサイト|vol.04

アントワープとAxel Vervoordt

INSIGHT

アントワープとAxel Vervoordt
2021.02.20


豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。

近著「デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ」(PRINT & BUILD)
X(エックス)



約4年前、ベルギーのアントワープに数日間だけ滞在しました。いちばんの目的は、Axel Vervoordtがその少し前にオープンさせた「KANAAL」という複合施設へ行くこと。KANAALは、この10年間に生まれたデザイン関連のスペースの中で、必ず体験すべき場所のひとつだと思います。住空間の見方、感じ方、考え方について大きな影響を受けることになりました。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
アントワープ出身のAxel Vervoordtは、手練のインテリアデザイナーとして、またアンティークやアートの目利きとして世界的に知られる存在です。数々の著名人の自邸を手がけたり、個性的な展覧会をディレクションしたりする一方、多くのビジュアルブックを著してきました。一部の書籍は日本でも手に入りやすく、インテリアショップなどでしばしば見かけます。しかし、その活動の全貌はわかりにくいのが実情です。
プレオープンを経て2017年春に完成したKANAALは、そんなVervoordtの集大成といえる場所です。アントワープ郊外の運河沿いにあり、19世紀まで蒸留所だった建物を中心に、複数の建築家による建物や商業施設などで構成されています。ここにヴェルヴォールト財団によるいくつかのアート施設と、アンティークを中心にしたショールームがあります。19世紀のままの設えを最大限に残した数フロアに、Vervoordtがデザインした家具とともに、彼の視点で厳選した古今東西の家具、アート、オブジェがスタイリングしてあるのです。
Vervoordtは、もともとアンティークの世界からキャリアを積んでおり、現在もディーラーとして活動。ギリシャ・ローマ時代の彫像、アジアの宗教美術、ネイティブアメリカンの工芸はじめミュージアム級のものを数多く扱っています。またアントワープと香港でアートギャラリーを運営し、その眼力が認められています。近年、白髪一雄らに代表される日本の具体をヨーロッパでいち早く再評価したのも彼だったといいます。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
このスペースを案内してもらった時、印象的だった話がいくつかあります。ひとつは、インドのチャンディガールの都市計画に際してピエール・ジャンヌレがデザインした家具について。ある時期まであまり知られておらず、ヴィンテージ市場でも流通していなかったそれらの家具を、最初に紹介したのはパリのギャラリーでしたが、Vervoordtはいち早くその価値を高く認めて買い付けたと言います。公共施設で長期にわたり使用されたチャンディガールの家具ですが、Vervoordtが扱うのはリペアしていない最上のコンディションのものだけ。オリジナルであることとクオリティを徹底して追求するのは、Vervoordtが扱うアンティークに共通しています。
また、ここで扱うオブジェの中に、古代エジプトでつくられた石の器がありました。黒曜石のような硬い石でできた精度の高いものです。すべて手作業で加工するしかなかった当時の工程では、ひとつの器をつくるために職人が一生をかけたと考えられるそうです。Vervoordtの活動においては、アンティーク研究の専門チームがあり、扱うものの素性を明確にしているのも特徴でしょう。その視野は、ヨーロッパだけでなくアメリカやアジア各地など世界に開かれています。彼はそこから最上のものを組み合わせてインテリアを提案するわけです。日頃、モダンやコンテンポラリーの枠組みで住空間を捉えていた自分にとって、有史以来のものづくりと人の関係性を意識させる空間は、デザインのクオリティについて考える転機になりました。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
アントワープでもうひとつ、長い時間を過ごした場所にプランタン・モレトゥス博物館がありました。モレトゥス家が1576年から300年間にわたり印刷業を営んだ工場兼自邸を、そのまま生かしたミュージアムです。当時、ヨーロッパ最大の商業都市だったアントワープでは、芸術文化が華やかに活気づいていました。モレトゥス家は16世紀半ばから活版印刷を行い、まもなくヨーロッパ有数の印刷会社へと成長します。このミュージアムの設えには、その時代の美意識と文化度の高さがさまざまに残されています。一家と親交のあったアントワープの画家ルーベンスらの作品が見どころとされますが、室内のデコレーションにも惹きつけられました。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
またアントワープの市内には、Axel VervoordtがリノベーションしたVlaeykensgangと呼ばれる一角があります。プランタン・モレトゥス博物館と同様に16世紀からある街区ですが、ここは当時は井戸もトイレも共同の貧しい集合住宅が並んでいたと言います。しかしVervoordtは、その趣を巧みに残しながら、不思議と洗練を感じさせる空間に生まれ変わらせました。特にVlaeykensgangの中にあるSir Anthony van Dijckというレストランでは、デザイナーの意図をゆっくりと味わうことができます。

フィンランドの現在形「スタジオ・トルヴァネン」
 
他にもアントワープというと、この街を拠点とするVincent Van Duysenがデザインしたショップやホテルなどの施設が多くあるほか、インテリアショップのMAGAZYN、レストランを併設したライフスタイルショップのGraanmarkt 13、デザインギャラリーのValerie Traanなどが有名です。またCogels Osylei というエリアはじめ、歴史的な街並みも足を運ぶ価値があります。古い要素と新しい要素が混在する街の楽しみはアントワープに限ったものではありませんが、そのダイナミズムには絶妙の心地よさがありました。


BACK NUMBER


TOP