INSIGHT|vol.03インサイト|vol.03

アントワープとAxel Vervoordt

INSIGHT

アントワープとAxel Vervoordt
2021.01.20


豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。

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1966年、ミッドセンチュリー後期に発表された「プラットナー・コレクション」は、多くのマスターピースを取り揃えている「ノル」を代表するプロダクト。サーリネンやベルトイアらの名作に並ぶ独創性と革新性をそなえた姿は、「時代を超えた」という形容がふさわしいものです。

プラットナー・コレクションの永遠の魅力
 
モダンデザインの椅子の歴史においては、その名手と呼びたいデザイナーが何人もいます。たとえばチャールズ&レイ・イームズ、ハンス・J・ウェグナー、マルセル・ブロイヤー、アルネ・ヤコブセン。近年ならフィリップ・スタルクやジャスパー・モリソンもそうかもしれません。彼らはそれぞれに、いくつもの有名な椅子を手がけています。一方、あまり家具をデザインしていなくても、名作といえる椅子を残したデザイナーもいます。ウォーレン・プラットナーもそのひとり。1966年に発表された「プラットナー・コレクション」は彼の家具の代表作であり、そのオリジナリティには尽きない魅力があります。

プラットナー・コレクションの永遠の魅力
 
数種類の椅子とテーブルやオットマンで構成されるプラットナー・コレクション。一連のアイテムに共通する最大の特徴は、細いスチールロッドを成形して溶接した、カゴ状の構造のフレームです。特に椅子では、1本1本のスチールロッドが微妙に異なる形状に折り曲げられ、3次元の曲面をつくるように並んでいます。その高い精度と、滑らかなカーブを描くテクスチャー、そして全体としての優美なフォルムがとても印象的です。

プラットナー・コレクションの永遠の魅力
 
プラットナーは1919年、アメリカのボルティモア生まれ。大学で建築を学び、レイモンド・ローウィ、イオ・ミン・ペイ、エーロ・サーリネン、そしてサーリネンの没後にその仕事を受け継いだケヴィン・ローチの建築事務所などで経験を積みました。サーリネンの仕事では、ワシントンDCのダレス空港などのプロジェクトに携わったといいます。ノルからプラットナー・コレクションを発表した翌年、1967年に自身の設計事務所を設立し、やがてワールドトレードセンターのレストランやシカゴのウォータータワープレイスのインテリアなどにより確固とした評価を得るようになりました。

プラットナー・コレクションの永遠の魅力
 
プラットナー・コレクションには、やはりノルから多くの家具を発表しているサーリネンの影響を読み取ることができます。サーリネンが1957年に手がけた「チューリップチェア」(写真左)は、シートからベース部分までを滑らかにつなぐ1本脚を採用した、当時としては画期的な椅子でした。当初、彼はこの椅子を同一の素材でつくろうと考えましたが、強度の面から脚部にアルミニウムを用いて、造形性に優れるプラスティック製のシェルを組み合わせています。プラットナー・コレクションの椅子もプロポーションは異なるものの、シートとベースが一体の曲面で構成され、有機的なフォルムはかすかにチューリップチェアの面影を感じさせます。こうした曲面全体をスチールロッドだけでつくり上げた点で、プラットナーは師の上を行ったと言えるかもしれません。

プラットナー・コレクションの永遠の魅力
 
また細いパーツで曲面をつくる発想は、ハリー・ベルトイアが1952年に発表した「ダイヤモンドチェア」(写真右)を思い出させます。この椅子もノルのロングセラーであり、後に彫刻家として活躍したベルトイアの造形力が発揮された名作です。ただしプラットナー・コレクションのほうが1本1本のロッドがはるかに細く、上品で高級感があります。ミッドセンチュリーと呼ばれる20世紀半ばの家具のデザインは、前半のほうが総じて合理的で簡潔であり、後半は表現を重視したものが増える傾向がありました。ベルトイアとプラットナーの作風の違いには、そんな時代性も反映されています。プラットナー自身が、このコレクションについて「ルイ15世の時代に見られたような一種の装飾性、上品さ、優雅さをもつデザイン」と述べていたといいます。80年代のポストモダニズムに通じる価値観が、彼の中ですでに芽生えていた、と考えるのは表面的すぎるでしょうか。

プラットナー・コレクションの永遠の魅力
 
ただしプラットナー・コレクションを量産する難しさは一目瞭然です。特に椅子は数百本のスチールロッドを1000箇所以上も溶接する必要があり、精度の異状も許されません。プラットナーは一連の家具をノルに提案する3年前から、ショッピングカートなどの業者を訪れて製造技術をリサーチしていたそうです。これほど手間のかかるデザインであっても製品化に踏み切ったのは、ノルの英断でした。結果として、プラットナー・コレクションの主要なアイテムは現在までロングセラーとなり、一時は製造中止だったイージーチェアやオットマンも2014年に復活。発売50周年を迎えた2015年にはゴールドフレームのモデルも加わっています。

プラットナー・コレクションの永遠の魅力
 
プラットナー・コレクションは見方によってはゴージャスな家具ですが、ミニマルな空間にひとつ置いても、素朴な木の家具に合わせても、自然に調和する汎用性があります。最近は、イタリアの人気デザイナーであるElisa Ossinoが手がける空間にスタイリングされたり、デンマークのインテリア誌「ARK JOURNAL」の表紙をグラストップのテーブルが飾ったりと、あらためて目立つ場面が増えているようです。広く知られたプロダクトでありながら、いつまでも新鮮でありつづけるオリジナリティとクオリティが宿っているからでしょう。すべてにおいて効率やコストが重視されがちな今日、これほどの緻密さを要する家具は、なかなか新たに現れそうにありません。


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