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魅了する文化都市、ヴェネチア

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.13 2021.12.22

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月20日頃の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
近著「デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ」(PRINT & BUILD)
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魅了する文化都市、ヴェネチア

世界的に見ればまだまだ収まらないパンデミックですが、2021年秋のヨーロッパは小康状態にありました。そのタイミングでミラノデザインウィークを取材しにイタリアへ出かけた時、旅程の最後に訪れたのがヴェネチア。1年毎にアート展と交互に開催されるビエンナーレ建築展を観ることがいちばんの目的でした。以前に訪ねた思い出とともに、現地で観たものを振り返ります。

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ヴェネチア・ビエンナーレのアート展は今まで何度か観る機会があり、その度に質と量に圧倒されてきましたが、建築展を観に行ったのは今回が初めてでした。アート展と建築展は毎年交互に行われ、ジャルディーニ(カステッロ公園)とアルセナーレ(旧造船所)という2つの主会場がある点や、いくつかのテーマに基づく展示と国別の展示に大別されるところは共通しています。ただし印象としては、建築展のほうがアート展よりはるかに難解です。もちろんアートも難解な作品は多いのですが、目に見える表現に理解のためのヒントがあり、理解に至らなくても読み解く試み自体におもしろさがあります。しかし建築展の作品は表現以前に理解すべきことが多く、展示に向き合うのに相当の時間と語学力が必要だと実感しました。Bovenbouw Architectuurのキュレーションによる、フランドル地方やブリュッセルの1/15模型が美しかったベルギー館の展示も、真意を理解できない歯痒さが残りました。

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その点、ビエンナーレの金獅子賞を受賞したUAEの展示「Wetland」は、その意図するところを日本の雑誌で事前に読んでいました。湾岸諸国で行われる海水淡水化の産業廃棄物を使い、イタリアでつくった2500個ものセメント製のピースを、UAEの伝統的な工法と日本の構造計算技術を用いて組み上げています。今年の建築展の総合テーマは「How will we live together?」。UAE、イタリア、日本はじめ数カ国の人々のコラボレーションから生まれた作品であることにも、そのテーマが反映されていたようです。キュレーターは、ドバイと東京に事務所のあるwaiwaiのワイル・アル・アワールと、waiwaiを経て日本で今年独立した寺本健一が務めました。

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日本館の展示「ふるまいの連鎖:エレメントの軌跡」は、築65年以上の日本の木造建築を解体して並置するとともに、その部材を新たな作品へと再生したもの。部材のひとつひとつは現在も目にする機会がありますが、それらが丸ごと1軒分、ビエンナーレの会場に並んでいると見え方がまったく違います。木を多用する建築ならではの素材感や加工の多様さと、そこに染み込んだ歴史や国民性が伝わってくる感覚がありました。同様に過去の建築に目を向けたコンセプトでありながら、UAEの展示とは好対照だったのも興味深いところです。

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前回、ヴェネチアに行ったのは2019年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展が目当てでした。この年の金獅子賞はリトアニアの展示「Sun & Sea (Marina)」。軍用らしい施設に隣接した古い建物の中に人工の砂浜をつくり、多様な年齢、人種、ジェンダーの人々が水着姿で歌うという、シュールながらピースフルなオペラ仕立てのパフォーマンスです。直後にこの会場を訪れた知人は、スタッフに声をかけられて、飛び入りでパフォーマンスに参加しないかと誘われたそう。そんなエピソードも、リアルとフィクションの境界を曖昧にします。

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2019年のビエンナーレに合わせて、NOMAD VENICEというデザインイベントが開催されていました。NOMADは2017年に始まった希少価値の高いデザインとアートのフェアで、今までサンモリッツやモナコなどのリゾート地で行われています。世界各国の選りすぐりのギャラリーが参加し、基本的に一般公開はされず、登録制で入場することができます。会場になった建物は、15世紀に建てられたPalazzo Soranzo Van Axel。以前から注目しているローマのデザインギャラリー Giustini / Stagettiのスペースでは、FormafantasmaやUmberto Rivaらの家具と、ヴェネチアングラスの最高峰であるVeniniの器などが展示されていました。

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さらに同時期に行われたのが、ロンドンやニューヨークなどで展開しているCarpenters Workshop Galleryによる企画展「DYSFUNCTIONAL」。運河沿いのミュージアムを会場として、このギャラリーが扱うNacho Carbonell、Vincent de Cotiis、Virgil Abloh、Random Internationalといったデザイナーのリミテッドエディション作品が展示されました。写真はファッションデザイナーのRick Owensによる「Double Bubble」。背景の絵画とのコントラストがとても贅沢です。

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ヴェネチアの近代建築の代表的なものといえば、この地で活躍したカルロ・スカルパによる作品です。中でも1950年代後半に完成したオリベッティのショールームは有名で、島の中心部にあり多くの人々が集まるサンマルコ広場に面して立っています。モザイクタイルを用いた床や、日本の伝統建築を思わせる窓の意匠など、多くの見どころがありますが、最も印象的なのは中央の階段部分。幾何学的でありながら自由なコンポジションは、穏やかな色彩と結びつき、独特の透明感と緊張感があります。

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スカルパによるオリベッティ・ショールームの2階には、ミース・ファン・デル・ローエによるバルセロナチェアバルセロナテーブルがありました。どんな経緯でこれらの家具が選ばれ、使われていたのかは定かでありませんが、空間との相性を考えると他の選択肢は思い浮かびません。隙なくデザインされた空間に、バルセロナチェアのフレームの風格ある曲線美が映えています。

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ある運河に面した建物には、Banksyによるグラフィティが描かれています。難民の子どもが発煙筒のような紙片を掲げ、そこから煙が流れています。島全体が世界遺産に登録されているヴェネチアは世界有数の観光地であり、年間3000万人もの人々が訪れます。高層ビルを思わせるほどの大型豪華客船を利用して、毎日多くの観光客が押し寄せるのです。一方、漁船を改造した小さな船に乗り、命を危険に晒しながら地中海を渡ってヨーロッパを目指す難民も数十万人に上るといいます。Banksyが訴えるのは両者の間にある断絶と、その事実への無関心です。ヴェネチアは、そんなメッセージがひときわ深刻に響く場所でもあります。

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歴史的景観がフォーカスされがちですが、アートや建築のビエンナーレをはじめ数々のイベントによって、コンテンポラリーな文化発信の一大拠点にもなっているヴェネチア。格式の高いミュージアムが充実しているのはもちろん、Prada FondazionePalazzo GrassiPunta della Doganaといった近現代美術のミュージアムもあり、その魅力は重層的です。この島は自分にとって、観光のための場所ではなく、何度でも旅したくなる場所。そして普段とは違う方向から物事について考えるきっかけを得られる場所です。今回はごく短い滞在でしたが、それでも心に残る旅になりました。

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