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デザインの今を考える「MSDSスタジオ」の実践

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.02 2020.12.18

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。毎月20日の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
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デザインの今を考える「MSDSスタジオ」の実践

MSDSスタジオは、ジェシカ・ナカニシとジョナサン・サビーネによる、カナダのトロントを拠点とするデザイン事務所です。カナダの大学で知り合ったふたりは、異なる道に進んだ後に再会し、2011年頃から一緒に活動してきました。彼らの作風の特徴は、実直なアプローチに基づいて、現代に求められているものを主体的に探究すること。また昨今のインテリアの流れも上手に捉えています。

デザインの今を考える「MSDSスタジオ」の実践

2010年代のインテリアの傾向のひとつに、1980年以降のポストモダニズムの再興を思わせる、ポップで自由でカラフルなスタイルがありました。ある程度の実用性をそなえつつも、グラフィカルで色使いが美しいスタイルは、インターネットやSNSと相性がよかったようです。その発信源は、ひとつはニューヨークの「Sight Unseen」のようなウェブマガジン。そしてもうひとつは、北欧に次々と現れた新興インテリアブランドでした。MSDSスタジオの作品は、そんな新しいシーンにフィットしながらも、素材や機能を的確に追求している点が目を引きます。

デザインの今を考える「MSDSスタジオ」の実践

たとえば「ANNULAR LIGHT」は、典型的な円錐形のランプシェードのようですが、光源をシェードの端にリング状に配置したものです。LEDの特徴を生かすことで、過去の要素と現代の要素を違和感なくミックスしています。シェードとコードをモノトーンにしたソフトな色使いも巧みです。

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また2017年発表の「LIVING WORK」は、ワークスペースが住宅に近づき、同時に自宅で仕事することが増えた、近年のライフスタイルに対応したシリーズ。フレキシブルなシェルフ、キャスターつきのワゴン、木のデスク、フロアライトなどで構成されています。素材や色彩を機能ごとに使い分けつつも見事な統一感があり、彼らのインテリアデザインのスキルも伝わります。またデスクには、木工の経験を積んだサビーネの知見が表れているようです。

デザインの今を考える「MSDSスタジオ」の実践

ニューヨークなどの都市で2016年から開催されている「Furnishing Utopia」展でも、MSDSスタジオは彼ららしい作品を発表しています。「DECENT STEP STOOL」は、普段はスツールやサイドテーブルとして、さらに可動式の下の天板を引き出すとステップとして、便利に使うことができます。「Furnishing Utopia」は、世界各国の新世代のデザイナーたちが共に過去のものづくりに学ぶグループ展で、MSDSスタジオと価値観を共有するようなデザイナーが多く出品。日本からは藤城成貴が、彼らと同じ2018年に参加しました。

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MSDSスタジオの代表作のひとつが、デンマークのMUUTOから発売されている「ハーフサイドテーブル」。円形と半円形の天板を組み合わせたもので、見る角度によって豊かに表情を変える、シンプルなテーブルです。独特の質感と強度をそなえたアクリル石複合材を用いて、細部まですっきりとフラットに造形してあります。2016年、木、アルミニウム、複合材ボードという3種類の素材から発想した3種類の丸いサイドテーブルのうちのひとつが、このデザインの原型になりました。

デザインの今を考える「MSDSスタジオ」の実践

最近、やはりデンマークのブランドから発表された「BOULEVARD」は、ベンチとしても使えるレール状のモジュール式家具です。人は、枝に止まる鳥のように、この家具のまわりに集まることが意図されています。このプロジェクトでは、スウェーデンのNick RossとForm Us With Loveという気鋭のデザインスタジオとディスカッションを行い、各自が現代の暮らしや仕事場のニーズをふまえた家具を完成させました。

デザインの今を考える「MSDSスタジオ」の実践

2020年1月にトロントで行われた「Aluminum Group」展をオーガナイズするなど、MSDSスタジオは地元のデザインシーンを先導する活動もしています。15組のカナダのデザイナーが参加したこのグループ展では、アルミニウムを機械加工するというテーマのもと、家具や照明器具など多くのアイテムが展示されました。ここでMSDSスタジオが発表したフォールディングテーブルは、簡潔にして理に適ったフォルムの組み合わせにより、アルミニウムという素材から意外性のある美しさを引き出しています。ピンクゴールドにアルマイト加工した3段重ねのコンテナは、上の段の箱の底が、それぞれ下の箱の蓋になっています。

デザインの今を考える「MSDSスタジオ」の実践

こうして彼らの作品を見ていくと、いずれもシンプルで整然とした美意識があり、ぬくもりやユーモアも感じさせます。ただし、インターネットを通したビジュアルだけでデザインを判断し、その価値を決めるのが当たり前になった状況について、MSDSスタジオには危惧があるようです。彼らはこうコメントしています。 「当初はネットで流通するデザインに一種の高揚感がありましたが、虚しさを感じはじめています。作品のスタイルは完全に美化され、理想、批評、社会的な文脈が語られにくいからです。現在、私たちは北米の2社の中規模の製造業者と組み、しっかりと手づくりされ、市場に見合った価格で流通する製品に取り組んでいます。これはチャレンジングですがエキサイティングです」

デザインの今を考える「MSDSスタジオ」の実践

彼らのクリエイションは、イタリアデザインの巨匠であるアキッレ・カスティリオーニが提唱した、プリンシパル・デザイン・コンポーネントという考え方が基本にあるといいます。これは本来の目的、製造技術、素材を構成要素として決定し、デザインを構築していくものです。MSDSスタジオの洗練された作風は、そんな基本に忠実なアプローチをベースに、幅広いデザインの可能性を模索した成果なのです。彼らのインスタグラムには、スタジオが得た利益の10%を人種差別や気候変動のために活動する団体などに寄付することが明記されています。ものづくりを通して社会環境への寄与を多面的に考え、実践しようとする彼らのスタンスに、2020年代を生きるデザイナーらしい意識の変化を垣間見ることができます。

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