INSIGHT|vol.39インサイト|vol.39

INSIGHT
コレクティブルデザインとは?
2026.6.25
豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。
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世界の有力デザインギャラリーが集結するフェア、DESIGN MIAMIを取材するため、初めてスイス・バーゼルを訪れたのは2007年のことでした。それらのギャラリーが主に扱うのは、家具でありながら前衛的な姿をしたリミテッド作品の数々。バーゼル近郊に本社がある家具ブランドのヴィトラが著名デザイナーを起用した「ヴィトラエディション」も同時期に発表されて大きな話題になりました。約20年が経った今年4月、恒例のミラノデザインウィークは、いたるところで「作品」としての家具が目立つイベントになりました。量産を前提とするプロダクトの枠を超え、個性と希少性をそなえた作品を、近年はコレクティブルデザインと呼ぶことが増えています。今回のミラノの様子を振り返り、コレクティブルデザインの現在の展開を見ていきます。


コレクティブルデザインとは、コレクションの対象とするのにふさわしいデザインのことです。デザインギャラリーが扱うリミテッドエディション、工房で少量生産される家具や日用品、デザイナーが手づくりする一点ものなどを指しますが、希少価値をもつヴィンテージ家具を含めることもあります。というのも、21世紀に入ってからのヴィンテージ人気の高騰が、コレクティブルデザインの背景にあるのは確かです。写真はともに、今年からミラノサローネ国際家具見本市に新設されたサローネ・ラリタスでの展示の様子。ミラノの人気ギャラリーであるニルファー(上)や、NYなど4都市で展開するギャラリー・フィリア(下)も、新旧のデザイナーの作品を扱っています。コレクティブルデザインは、ミラノサローネが認めるムーブメントになっているのです。

ベルギーのミュラー・ヴァン・セヴェレン(Muller Van Severen)は、現在のコレクティブルデザインを象徴する存在と言っていいでしょう。自身のレーベルの運営やクライアントワークとともに、アントワープの名門であるティム・ヴァン・レア・ギャラリーでも個展を行っています。今回、ミラノで発表した新作「Silhouettes」はスタジオ設立15周年を記念したもので、15点の巨大なキャンドルホルダーは活動初期からの代表作のシルエットを模したもの。コレクティブルデザインにおいては、一般的な家具のような機能はあまり重視されません。この作品も彫刻に近く、これはミュラー・ヴァン・セヴェレンのふたりがアーティストとしてのバックグラウンドをもつことと関連しています。

ソフトバロック(Soft Baroque)は、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学んでいたふたりが2013年に結成。着々と存在感を高めてきたユニットです。「Ghost Kitchen」と題した今回の展示では、合理的なシステムキッチンの元祖である1920年代のフランクフルトキッチンをモチーフとし、たった18㎡ほどの狭小空間を調理や食事に基づくアイテムで満たしました。意外な素材や工業的な要素と手仕事をミックスし、荒々しさのなかに美意識が光る作風は、どこかユーモアも感じさせます。ゴーストキッチンというコンセプトには、外からは見えにくいスタジオで日々ものづくりに励んでいる、デザイナーが活動する環境も重ね合わせています。

オランダのデザインアカデミー・アイントホーフェンで学んだ中国出身のデザイナー、チェン・ミン(Chen Min)。彼が主宰する「neo-o-old」は、東洋の伝統的なクラフトと、現在のデザイナーのクリエイションを接続するプロジェクトです。第1回目となったエキシビションでは、アルド・バッカー、フランチェスカ・トルゾ、細尾真孝、ローカラーらの作品を発表。いずれも中国のシルク産業や、現地の風物からインスピレーションを得たものでした。スツールとオブジェの境界を思わせる中央のバッカーの作品は、中国で用いられる赤褐色の高級材パドックでできています。ただし造形は、彼の既存の作品とほぼ同じ。彼の創造性は新しさをただ追求するのではなく、丹念に前進と後退を繰り返して完成度を高めていきます。コレクティブルデザインには、デザイナーの主体性が発揮される自由さがあるのです。

ジョージアのルームススタジオ(Rooms Studio)はミラノデザインウィークの常連的な2人組。今回はCONVEYというイベントのゲストデザイナーとして、「Untitled Transformation」と題したコレクションを発表しました。地政学的にヨーロッパとアジアの境界にあるジョージアの歴史や地域性をテーマとし、シュールレアリスムの要素もミックスして、独特の住空間を形づくっています。チェスセットもルームスによるデザインです。しばしば「デザインの祭典」と形容されるミラノデザインウィークのイメージを裏切るような、退廃感や暗さとコンテンポラリーな感覚の融合は、毎回のことながら惹きつけられます。

ポーランドで活動するマルチン・ルサック(Marcin Rusak)は、植物を樹脂に封入した素材でさまざまな作品をつくり出すデザイナー。花や草木の魅力を抽出して美しさを演出するのではなく、植物本来の姿をリアルに見せることが、すべてに一貫しています。その印象は、博物館で植物標本に向き合う感覚に近いものがあります。ミラノでの個展「Forum Florum」は歴史ある工芸学校の複数のスペースで開催され、新作の家具、照明器具、オブジェなどを展示。このキャビネットは数十種類の天然の植物を使用した8点限定の作品で、手間と時間の圧倒的な密度を感じさせます。

これはアメリカ出身でポルトガル在住のデザイナー、ドジー・カヌ(Dozie Kanu)による作品。ミラノサローネのノルの展示スペースにあったものです。今年、ノルはカヌを起用して新作のテーブルシリーズを発表しており、彼が自主的に制作しているユニークピースも会場でいくつか見ることができました。新世代のデザイナーがコレクティブルデザインによって経験と評価を積み重ねたうえで、家具ブランドのための仕事を行うケースは徐々に増えています。その背景には、実績に乏しいデザイナーを起用するメーカーが減り、自由度の高いコレクティブルデザインでデビューするデザイナーが当たり前になった現状があるようです。昨年、ノルから椅子を発表したジョナサン・ミュエックも、やはりそれが彼にとって初めての量産家具のデザインでした。

コレクティブルデザインの活況とともに、デザインギャラリーの存在意義も拡張しています。このジャンルの顧客は、従来のアートコレクターがそうだったように、十分な経済的余裕と文化的素養をもつ層が中心でした。そして大型のデザインギャラリーほど、そのような層の嗜好に合った作品に力を入れる傾向があります。概して言うと、それは表現力豊かで、希少素材や工芸的技術を使い、大型で壮麗なもの。さらに歴史的な裏づけが明確にあるものです。一方で、コレクティブルデザインは若いデザイナーにとっての自由なフィールドでもあります。制約の多いクライアントワークとは異なり、自分のペースで制作しながら、実験的な表現やコンセプトに挑戦できるのです。ミラノのオクシリアギャラリー(Oxilia Gallery)は、そんな世代の創造性に触れられる場所。デザインウィーク中に開催した「ROOM STUDIES #1」は16組のデザイナーのショーケースで、会場をアパートメントのように設え、コレクティブルデザインの身近さを実感させました。

コレクションの対象になる家具や日用品には、実はとても長い歴史があります。というのも、中世の貴族たちが所有していた調度品はすぐれた職人技の結晶であり、実用性とともに芸術的価値や文化的価値をそなえていました。これは、当時の芸術や文化が、富裕層によって支えられていたということでもあります。現在のコレクティブルデザインの隆盛もまた、世界的な富裕層の増加と、それに伴う価値観の変化に結びつけられるでしょう。ただしコレクティブルデザインは、そのような市場のなかだけに収まるものではありません。希少性や少量生産を前提としても、デザインである以上、それは社会や世界へ広がる志向をもつべきです。ミラノで目にしたコレクティブルデザインの多様さは、いっそう複雑に変化する時代を映し出しています。だからこそ、今こうして前景化しているのです。
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