INSIGHT|vol.37インサイト|vol.37

The Original

INSIGHT

ひとつだけのスツール60
2026.3.27


豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。

Instagram(インスタグラム)



フィンランドの建築家、アルヴァ・アアルトが1933年にデザインした「スツール60」。丸く平らな座面を、L字型に成形した3本の脚が支える、きわめてシンプルな構造の木のスツールです。ニュートラルな姿形のため使用する空間を選ばず、価格も比較的リーズナブルなので、世界各国で広く親しまれてきました。現在、「長く使えるもの」をテーマに、15組のクリエイターがカスタマイズした特別な「スツール60」をオークション形式で販売する企画展「One Stool, One Story」が催されています。主催しているのは創業50周年を迎えたインターオフィスです。


スタイリング
参加しているクリエイターは、安藤忠雄、岸和郎+象彦、押野見邦英、SAKUMAESHIMA、二俣公一、深澤直人、Artello、AWATSUJI design、川村明子、NDC Graphics、嶌原佑矢、長谷川健太、黒田美津子、織田憲嗣、齊藤太一。建築家やイラストレーターをはじめとして、デザインに何らかのかかわりをもって第一線で活躍しているメンバーが揃っています。企画の題材がスツール60だからこそ、このプロダクトに普段から親しみ、実際に暮らしや仕事のなかで使っているケースも多かったはずです。ひとつひとつの作品に、そんな関係性が反映されているように感じました。




The Original

The Original

フォトグラファーの嶌原佑矢は、自身がフィンランドで撮影した写真を、サイアノタイプという感光技法によってスツールの表面に定着させました。フィンランドバーチの優しい木目と、波打つ湖面などの風景がひとつに溶け合う、表情豊かな1脚になっています。クリアの鏡面仕上げを施すことで耐久性を高め、ブルーの色合いの深みをいっそう増しました。一切の無駄のないフォルムがキャンバスのようにフォトグラファーの表現を受け止め、アートピースへと昇華させたかのようです。「Stool 60 Cyanotype」は3種類のバリエーションが制作されています。


The Original

The Original

オフィスデザインを多く手がけるSAKUMAESHIMAは、「Stool60とシワ」という作品を制作。皺は一般にあまり好まれないものですが、あえて皺が寄るようにレザー風のファブリックで座面や脚部を覆い、モダンな印象のスツール60の存在感を一変させました。1933年の発表から93歳を迎えている家具なので、このような発想にも納得です。取り外しもできるカバーは、ちょうどよい程度に皺を生じさせるように仕立ててあり、3本の脚部と3色の張地の組み合わせにも技があります。「Stool60とシワ Light」と「Stool60とシワ Dark」の2脚が用意されています。


The Original

グラフィックスタジオのAWATSUJI designは、「PLAY THE STOOL」というネーミングで、スツール60をボードゲームにアップデート。このスツールの座面は平らなので、テーブルとしても使える自由さがあることが、AWATSUJI designの発想のきっかけになりました。スツール60の形状と機能を実感しているからこそのアイデアなのです。サイコロを転がしてコマを進めるスゴロクが、世代を超えて人と人をつなぐことを意図しています。グラフィックを施したスツールに、5人家族のようなコマ、サイコロ、そしてやはりグラフィック入りの巾着がセットになっています。


The Original

The Original

この企画では唯一、海外から参加しているカナダのArtello。「Kami Series」と名づけた4種類のスツールは、いずれも座面に独特の色合いのイラストレーションが描かれました。モチーフとしたのは木々、岩、石といった自然のなかにあるオブジェで、その姿を抽象化し、生き生きとしながら落ち着いたトーンで彩っています。スツール60の平面性をキャンバスとしつつ、その根本にあるロングライフなデザインの精神と、自然や人間がもつ生命の力を呼応させようという作品です。


The Original

スツール60は当初3本脚でデザインされましたが、やがて安定性に優れた4本脚のモデルも登場し、どちらも定番であり続けています。建築家の押野見邦英は、今回の企画でただひとり、その4本脚のスツール60(製品名はスツールE60)を題材にカスタマイズに取り組みました。このデザインが生まれる直前の1932年に、20世紀初頭のモダニズムを先導したオーストリアのウィーン工房が閉鎖されています。もしもアアルトがその年にウィーンを訪れ、工房を率いたヨーゼフ・ホフマンやコロマン・モーザーと交流していたら? スツール60は、ホフマンがデザインした食器のように塗り分けられていたかもしれないという想像から、このユニークなデザインが生まれました。アアルトの端正な造形感覚が、今までにない着眼点によって際立っています。


The Original

The Original

デザイナーの深澤直人による「untitled」は、本体には手を加えず、シートの側面に白いマーカーで文字を記したもの。「DEMOCRATIC DESIGN」「USE IT AS YOU LIKE」「EVERYDAY OBJECT」などのテキストは、スツール60から自身が感じたという言葉です。プロのデザイナーの視点からすると、このスツールには何も足す気にならなかったのかもしれません。それはおそらく、形が完璧だからというだけでなく、その形に明確なメッセージが込められているから。北欧の巨匠と、現在において家具に向き合うデザイナーとの時代を超えた対話を思わせる1脚です。


The Original

スツール60そのものの形態はもちろん、使い方、歴史、デザインの哲学までも視野に入れることで、オリジナリティを発揮した作品がいくつも登場している今回の企画。売上の全額が、安藤忠雄設計の文化施設「こども本の森」に寄付されます。安藤自身が手がけた作品「青春のイス」は、1965年、20代半ばにフィンランドを訪れて初めてアアルト建築に触れた思い出をふまえ、丸い座面をいつまでも赤く熟れない青リンゴに見立てたものです。長く使い続けられるものによって触発された、自由で多様な発想の数々は、これからも世代を超えた循環を生み出すことでしょう。「One Stool, One Story」展は、インターオフィス大阪支店、インターオフィス福岡支店を巡回した後、MAARKETで4月23日から5月31日まで開催されます。



BACK NUMBER


TOP