INSIGHT|vol.36インサイト|vol.36

The Original

INSIGHT

ポストモダンの人々
2025.12.26


豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。

Instagram(インスタグラム)



1980年代前半をピークとして、イタリアから世界へと発信されたポストモダンのデザイン。その中心人物であるエットーレ・ソットサスをはじめとして、当時のシーンにかかわったデザイナーたちの作品を紹介します。

The Original
 
エットーレ・ソットサスは1917年、オーストリア・インスブルックで生まれました。イタリア北部のトリノで育ち、トリノ工科大学で建築を学びます。第二次大戦中に従軍した後、ミラノで自身の設計事務所を設立。時代とともに作風を変化させながら、2007年の大晦日に他界する寸前まで数多くのデザインを手がけていきます。20世紀半ばまでのヨーロッパのデザインシーンは、合理性や機能性を重視するモダニズムが席巻していました。一方、ソットサスは早くからビートニクなどのカウンターカルチャーに触れ、アメリカやインドに滞在して、人とものの関係について広い視野をもつようになります。1981年から彼が主宰したメンフィスは、それまでの前衛的な活動の集大成を思わせるデザインの実験場であり、異なるバックグラウンドをもつデザイナーたちが複数の国々から参加しました。第1回目の展示で発表されたシェルフ「カールトン」は、やがてメンフィスのアイコンになった歴史的なマスターピース。そしておそらく最も有名なソットサス作品です。


スタイリング
キャビネットの「カサブランカ」も、メンフィスの最初の展示会で発表されたもの。カールトンが本棚としてデザインされたのに対し、カサブランカはダイニング向けで、斜めの棚板はボトルを寝かせて置くことが意図されています。ただし全体をラミネート化粧板で仕上げた点や、あまり実用的でない要素も多いところなどは、両者に共通しています。こうした表現は、単調なモダニズムに対する皮肉であり諧謔であるとともに、社会の価値観の転換を主張するものでした。安っぽいものと見なされていた化粧板を用いたのも重要なポイントです。ありふれた素材でも「詩」がつくれることを、ソットサスは試みたといいます。機能や構造よりも表層の可能性に着目することは、ポストモダンのデザインならではの新規軸でした。



The Original
 
ソットサスによるミラー「DIVA」は1984年のデザイン。幾何学的でシンメトリーなコンポジション、コントラストの強い色使い、意外性のある化粧板のパターンなど、メンフィスのスタイルが貫かれています。当時のメンフィスの反響は絶大で、すぐに世界的に注目が集まりました。そのコレクションも家具や照明器具から陶磁器、ガラス、テキスタイルなどに幅を広げ、まさに80年代のシンボルになっていきます。


The Original
 
ソットサスと並んでイタリアのポストモダン・デザインを牽引した重要人物がアレッサンドロ・メンディーニです。1931年ミラノ生まれの彼はミラノ工科大学で学び、設計事務所を経て1968年に建築誌『CASABELLA』の編集者として存在感を高めます。同誌編集長を務めた後、1980年には『DOMUS』編集長に就任。メディアを通じて自身の思想を広めるとともに、デザイナーとしても物議を醸す作品を次々に手がけました。メンフィスに先駆けて先鋭的なデザイナーによる作品を発表したスタジオ・アルキミアでも実質的なディレクターを務めています。 「MAGIS PROUST CHAIR」は、1978年に彼が発表した「PROUST」の素材を置き換えて量産化したモデルです。オリジナルの「PROUST」は、装飾を凝らしたバロック様式の安楽椅子に、印象派のような点描風のカラーリングを施し、歴史的要素を重層させることでモダニズムを批判したものでした。マジスによるニューバージョンは、マルチカラーのポリエチレン一体成形によって当初のコンセプトを再解釈しながら、オリジナルに込められた思いを蘇らせています。


メンディーニによるワインオープナー「ANNA.G」は、1994年のデザインです。ボトルのコルクに押し当てて女性の頭部を回転させると、スクリューがコルクに刺さっていくほど、両腕が徐々に上側へ開いていく仕組み。その腕を下げると簡単にコルクを抜くことができます。メンディーニは、ANNA.Gを製品化しているアレッシのコンサルタントを長年にわたって続け、その商業的成功に寄与して、ポストモダンの思想に基づくデザインを日常に広めました。アンドレア・ブランジ、マイケル・グレイブス、フィリップ・スタルクといった多くのポストモダニストたちが、アレッシのプロダクトを手がけています。



「TWERGI」というソルト・ペッパーミルは、アレッシから発売されているソットサス作品です。彼は1960年代から、トーテムと呼ばれる円柱状の大型作品を発表していました。それらは機能をもたないオブジェですが、古代の偶像を思わせる形状や大きさと、コンテンポラリーな彩色や質感は、ソットサスのデザインそのものでもあります。TWERGIは1989年からデザインされたコレクションで、部分的にトーテムの要素を受け継いでいるようです。一時は製造中止だったものの、2021年に復刻されて現在に至っています。

The Original
 
1942年イギリス生まれのジョージ・ソーデンは、1970年にミラノに移り、ソットサスの下でオリベッティなどのデザインを手がけます。1981年のメンフィスの創設時から参加し、ビビッドな色とパターンを使いこなす作風を確立しました。2010年にスタートした自身のブランド、Sowdenでは色とりどりのシリコンを用いたポップな照明器具がラインアップされています。


2022年にソーデンがデンマークのRAAWIIから発表したスツール/サイドテーブル「THING」は、ミニマルななかにもどことなくユーモラスさのあるアイテム。レッド、イエロー、ターコイズなどの鮮やかなカラーを揃え、小さくても空間の雰囲気を変えるパワーをもっています。


The Original
 
やはりメンフィスの初期メンバーだったフランス出身のナタリー・ドゥ・パスキエは、ソーデンの妻でもあります。彼女のデザインに用いられる豊かな色使いは、ソーデンと共通する感覚もありますが、やはり独自のもの。楽観的でアーティスティックな造形感覚は、ユニークな色彩と相まってとても魅力的です。メンフィス以降、アーティスト活動に専念していた彼女ですが、近年は多くのブランドから製品を発表しています。RAAWIIの「HOOKS」は、そこにあるだけでインテリアの楽しみが広がるようなウォールフックです。


The Original
 
現代イタリアを代表する建築家でありデザイナーのミケーレ・デ・ルッキ。1951年生まれで、60年代後半にフィレンツェ大学に進んだ彼は、当時、勃興期にあった前衛建築の影響を大きく受けました。アルキミアから照明器具などを発表した後、1981年にメンフィスで発表した作品のひとつが引き出し式の収納家具「ATLANTIC」です。ストライプ柄の化粧板「Micidial」も彼自身がデザインしたもの。そこにアールを描くイエローのハンドルがよく映えています。

メンフィスには、日本の倉俣史朗や梅田正徳をはじめ、各国から多くのデザイナーが参加します。そこで彼らは、自らがつくりたいものを制約なくつくることができました。こうして発表された作品は、既存のデザインに異議を唱えただけでなく、社会に向けて未知の創造性を解放する働きを担ったのです。ポストモダンの意義が顧みられ続けるのは、そんな姿勢がいつの時代も重要であることの証なのでしょう。


RELATED ITEMS



BACK NUMBER


TOP