INSIGHT|vol.34インサイト|vol.34
INSIGHT
ヴァーナー・パントンを再発見する
2025.8.30
豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。
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ヴァーナー・パントンは、ユニークな経歴をもつデザイナーです。1926年にデンマークで生まれた彼は、数々の著名建築家を送り出しているコペンハーゲンの名門、デンマーク王立アカデミー建築科に進みます。在学中に照明デザインの巨匠であるポール・ヘニングセンと知り合い、1950年から52年までその友人のアルネ・ヤコブセンの建築事務所に勤務。ふたりの偉大な先輩から多くの学びを得るとともに、その交流は末長く続きました。そんな北欧のデザイナーとしてのバックグラウンドがありながらも、パントンは1953年から自動車でヨーロッパ中を放浪し、デザイナーとしての独立を果たします。1960年にはスイス・バーゼルを拠点とし、スイス、ドイツ、デンマークなど各国の企業と仕事をしました。国境をものともしないデザイナーは今では珍しくありませんが、パントンはその先駆けと言えます。そして彼は、地域性よりも時代性と結びついたデザインを誰よりもエネルギッシュに発表していきました。
1958年に発表された「コーンチェア」は、当時のデザインシーンにセンセーションを巻き起こしたと評される1脚です。この年、パントンは自身の父親が運営するコーミゲン・ゲストハウスのインテリアを手がけ、そのレストランのためにコーンチェアをデザインしました。円錐形を斜めにカットしたフォルムはきわめて大胆で、当時の主流だった機能主義に基づく椅子とは一線を画した、彫刻的で主張の強いもの。ただし幾何学的なシルエットには潔いクリーンさもあります。ちなみにパントンが師事した建築家のアルネ・ヤコブセンは、同じ1958年に有機的な曲線を取り入れた美しいラウンジチェア「エッグ」「スワン」を発表しています。造形言語は違っても、ともにモダニズムからの脱却を予感させるスタイルでした。
パントンの生涯を通して最も有名な作品は、1959年にデザインされた「パントンチェア」です。背もたれ、座面、脚部までを継ぎ目なく一体化した樹脂製の椅子として、世界で初めて製品化が実現したものでした。ただし技術的なハードルは高く、量産に成功したのは1967年になってから。この長い時間からも、パントンの発想がいかに時代を先んじていたのかが窺い知れます。時代を遡ると、背もたれ、座面、脚部を一連のものとして構成する椅子は、ヘリット・トーマス・リートフェルトやマルセル・ブロイヤーはじめ多くのデザイナーが取り組んできました。またチャールズ&レイ・イームズは、1950年発表のプラスチックシェルチェアで、背もたれと座面を美しくつなげました。パントンチェアは、こうした発展の到達点として歴史に残るものになっています。
パントンがデザインした照明は、彼が学生時代から交流をもったポール・ヘニングセンの影響が指摘されることがあります。ヘニングセンが手がけた「PH 5」や「PH アーティチョーク」といった代表作は、いずれもシェードの形状や角度が熟考され、光源からのまぶしい光が直接見えないようになっていました。パントンにとっては初期の照明にあたる「ムーン」は、垂直の軸につけた10本のリングの間から光が漏れるように周囲を照らすもの。やはり光源が見えにくい構造になっています。見る角度によって表情が変わる楽しさもあります。

Photo:VERPAN
1964年発表の「ファンシェル」は、貝殻が光源を包み込む照明器具。貝殻は1枚1枚が円形にカットされ、それをリング状のフレームから吊るして、幾何学的造形を基調にしています。ただし昼間は光を反射し、明かりを灯すと貝殻を光が透過して、どこか優雅でクラシックな趣をつくるのがポイントです。今年6月にコペンハーゲンで開催された3daysofdesignでは、パントンのアイテムを数多く発売しているブランドVERPANが、ショールームで数十点のファンシェルを使って印象的なシーンをつくり出しました。1960年代から70年代の時代感と結びつけて紹介されがちなパントンのセンスが、時代を超えるのに十分な普遍性をそなえているのがわかります。
1968年と1970年のケルン国際家具見本市で、パントンはそれぞれ「ヴィジョナ 0」「ヴィジョナ 2」というインスタレーション空間を手がけます。いずれも新しいイメージのリビングラウンジを提示したもので、特にヴィジョナ 2では鍾乳洞や胎内を連想させる空間を極彩色で彩り、そこで過ごす人々を包み込みました。同様のアプローチが「リビング タワー」でも採られています。座ったり、寝転んだり、登ったりというさまざまな行為を受け入れ、促すスペースになっているからです。従来の暮らしの常識にとらわれず、革新的なビジョンに基づいて自由自在に形や色を操ったパントンのフィロソフィが表れています。
パントンが手がけた照明は例外なくアイコニックですが、なかでも1969年発表の「グローブ」は美しく、ユニークで、ミステリアスです。中央にくびれた筒型のシェードがあり、その上下に各2枚の湾曲した円盤を組み合わせ、さらに全体を透明アクリルの球体の内部に収めています。5枚のシェードには、シルバーをはじめ赤や青といった色彩を取り入れました。こうしたコンポジションにより、光源からの明かりを拡散させるとともに、周囲の様子を効果的に映し込むのです。ちなみに、筒型や複数の湾曲した円盤を組み合わせて使い、赤や青を用いてデザインされた照明器具の傑作といえば、ポール・ヘニングセンが1958年に発表した「PH 5」です。グローブは、1967年に他界した彼へのパントンからのオマージュだったのかもしれません。
パントンの多才さを示すデザインのひとつに、ワイヤーを用いた一連の家具があります。彫刻的な造形の家具にいち早く取り組むとともに、さまざまなプラスチックの可能性に着目したパントンですが、実際はテキスタイル、スチールパイプ、木や合板などあらゆる素材を見事に使いこなしていました。1971年発表の収納家具「パントンワイヤー シングル シェルフ」は、モジュール式のフレキシブルなアイテム。幅広い組み合わせが可能なだけでなく、壁につけたり、床に置いてテーブルにしたりと、使い方の自由度が高いのも特徴です。こうした機能性をふまえつつ、四角いワイヤーのレイヤーが生み出す独特の視覚効果にもパントンらしさがあります。同シリーズの椅子もまた、再評価の高まっているアイテムのひとつです。
上の写真は、ミラノデザインウィークで注目を集める「Capsule Plaza」の一環として昨年行われたインスタレーションです。1960年代前後をピークに活躍したパントンは、1990年代から盛んに再評価されましたが、最近も複数のブランドからいくつものアイテムが復刻されて再々評価の動きがあります。それらのブランドとのコラボレーションによって開催されたCapsule Plazaのインスタレーションは、そんな機運を決定的にするものでした。また今年のコペンハーゲンの3daysofdesignも、前述のVERPANの展示のように、現代のインテリアやライフスタイルの文脈でパントンの魅力をあらためてとらえる意識を感じさせました。知らない人はいないほど広く認識されているデザイナーでありながら、パントンを新たに解釈する余地はいまだ尽きないようです。
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