INSIGHT|vol.31インサイト|vol.31

The Original

INSIGHT

エルワン・ブルレックが語る新作「アルバ」
2025.2.28


豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。

Instagram(インスタグラム)



21世紀に入ってからの25年間で、最も目覚ましい活躍をしてきた家具デザイナーといえばロナン&エルワン・ブルレックではないでしょうか。フランス出身の兄弟である彼らは1990年代末から注目を集めはじめ、多くのブランドから優れたプロダクトを発表した後、最近はそれぞれ個人名義での活動をスタート。エルワンはパリにスタジオを、ブルゴーニュ地方にもうひとつの仕事場を構えて、従来とは違った個性を発揮しつつあります。デンマークブランドのraawii(ラーウィー)から発表した新作ラウンジチェア「アルバ」を中心に、久しぶりに東京を訪れた彼に話を聞きました。

The Original
 
エルワン・ブルレックは、1976年にフランスのブルターニュ地方で生まれました。5歳年上のロナンを手伝ってデザイナーとして活動しはじめたのは1990年代後半のこと。ふたりが手がけるプロダクトは、既存のものの機能を超えるような自由さとスマートさがあり、間もなく評価を高めていきます。ヴィトラ、アルテック、アレッシ、カルテルなど世界各国のメーカーが彼らとコラボレーションを重ねていきました。ロナンとは別に自身のスタジオをもつようになったエルワンが、その直後に手がけたのがraawiiのラウンジチェア「アルバ」です。raawiiは2017年に始まったばかりのブランドで、中心的なアイテムは陶器であり、椅子に取り組んだのはアルバが初めてです。このブランドについて、エルワンはこう語ります。 「とてもフレッシュでいきいきとした感覚がraawiiにはあります。価格的にも手に入れやすく、シンプルで、毎日の生活に役立ち、日常に馴染むものを揃えているんです。創業者のニコライ・ウィグハンセンとボー・ラーハウグ・ラスムッセンと知り合って家具をつくろうという話になった時、そんなアプローチとスピリットを保ちながらデザインをしたいと思いました」

The Original
 
椅子をつくること、流通しやすいノックダウン式であること、そして何よりraawiiらしいデザインであることは、当初から決まっていました。そのための試作は、パリとは別にエルワンが長い時間を過ごすブルゴーニュのアトリエで行われました。見渡す限りの農園の真ん中に立つ建物に、その簡素なアトリエはあります。 「そこは何もないけれど、何でもあるところです。私は簡単なスケッチを描いてから、近所で手に入る材料を買い、アトリエにある道具を使って数日間のうちに最初のモデルをつくりました」。1枚の金属の板をカットして曲げたフレーム。一端には背もたれを、一端には座面をつけ、中央をベースと結びつけると、新しい椅子の原型ができあがりました。製品化された「アルバ」は、ほとんどそのままの姿をしています。 「たとえば電気製品なら、考えて、試して、考えて、試して、考えて、試して、プレゼンする。それを何度も繰り返してからようやく製品になります。完成したものはひとつでも、ものすごく多くの要素がそこに混ざり合っているのです。raawiiの考え方はそれとは真逆であり、だからこそ生まれる魅力があると思います」

The Original
 
そんな「アルバ」のスタイルを、エルワンは音楽に例えます。たとえば彼が10代の頃から聞いていたソニックユース、ニルヴァーナ、ピクシーズといったロックバンドは、歌や演奏に即興的なところがあったからこそ深く心に刻まれるものになりました。スピード感に基づいたリアルな魅力が、この椅子にもそなわっています。 「ラフなところも受け入れて、クイックに物事を進めていったので、デザインの表現がきわめてクリアーになりました。こちらのほうが開発にかかる時間もコストも節約できます。また開発のチームには20代の若いメンバーが何人も参加しています。一方、私やraawiiのニコライたちは経験がありすぎます(笑)」。デザインは一般に、長い時間をかけるほうが質の高いものが生まれるという常識があります。しかしエルワンはすでに20年以上のデザイナーとしてのキャリアがあり、raawiiの創業者のふたりも十分な実績の持ち主です。そのノウハウを生かしながらあえて素早く物事を進めることが、アルバのオリジナリティを生み出しました。両者の相性がとてもよかったことも疑いようがありません。

The Original
 
こうした作業の進め方は、直感的と表現することもできます。話し合いを重ねてロジカルに物事を進めるのとも、コンピューターに向かいテクノロジーの力を借りながら設計するのとも違い、「アルバ」においてはエルワンのパーソナルな感性が率直に表れました。 「私のおばあちゃんは、靴下などいろんなものを自分の手で繕ったり、手編みで帽子をつくったりしていました。今の時代はそういうものが必ずしもよしとされません。でも、とにかく自分でやってみよう、体験しようというのが私の考え方なんです。リラックスして、楽しみながら、ちょっと雑なところもそのままにデザインしていきたい」。兄のロナンと連名でデザインをしていた時は、仕事をはっきり分担していても、互いの内容に対して意見を交換し、ロナン&エルワン・ブルレックとしてふさわしいものにしていくプロセスがあったといいます。ともに高度にクリエイティブなふたりだったからこそ、思いが一致しない場面もありました。個人で活動するようになり、この点においてはデザインの進め方に変化があったとエルワンは話します。特にraawiiは規模の大きなブランドではありません。そのぶんデザインの自由度も高いということです。 「毎年何万本ものワインを世界で販売するメーカーがある一方、限られた面積のブドウ畑からすばらしいワインをつくる小さなワイナリーがありますよね。raawiiもそれと同じです。本当にいいものをつくり、それが欲しいという人の元に届けるのは、いいメソッドだと思います。すべてのブランドが誰でも知っているものになる必要はありません」

The Original
 
こうして完成した「アルバ」は、ずっしりと重厚なラウンジチェアも多いなか、とても軽快で明るい雰囲気が目を引きます。構造上の特徴である斜めのフレームは、座ってみると適度な弾力と安定性を兼ねそなえ、とても心地よい椅子に仕上がりました。簡潔で機能的な構造は、ハイキング用の装備や、自転車などからインスピレーションを得ているそうです。ジッパーによって簡単に取り外せる背もたれや座面のパッドも独創的です。 「私は日本や韓国の若い世代のファッションが好きなんです。大きなスニーカーと太いパンツを身につけて、スマートフォンにアクセサリーをつけているような世代です。人生を楽しんでいる感じがしますよね。アルバもまた、人生と一体になるデザインを意識しました。家具も服と同じように、それを使う人の姿勢を伝えるものだと思っています。座面のジッパーをあえて見えるようにしたのも、第一に機能的だからですが、バックパックのイメージもあります。機能をおもしろがるのは若い世代の傾向です」

The Original
 
革新的な素材やテクノロジーを使わなくても、今までになかったタイプの椅子を新しくデザインできることを、エルワン・ブルレックのアルバは証明しました。そのための発想を身近なものからのインスピレーションによってひらめき、自然のなかのアトリエで試作を始めたところも、彼の創造性の高さを示しています。デンマークではこの椅子が、王立アカデミーの家具コレクションに選定されたりと、すでに歴史的傑作として認められつつあるようです。しかしそれ以上に、現代の生活にふさわしい1脚が登場したことを喜びたい気がします。


RELATED ITEMS




BACK NUMBER


TOP