INSIGHT|vol.30インサイト|vol.30
INSIGHT
フラワーべースは生活に必要か
2024.12.27
豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。
土田貴宏
ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトをはじめとするコンテンポラリーデザインを主なテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して雑誌などに執筆。東京藝術大学と専門学校桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。近著『The Original』(共著、青幻舎)。 デザイン誌『Ilmm』(アイエルエムエム)のエディターも務めている。
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MAARKETが扱うたくさんのプロダクトのなかで、毎日の必需品から最も遠いところにあるのがフラワーベースでしょう。室内に花がなくても特に問題はなく、花がなければそのための器は要りません。ミニマルな暮らしを志向するのであれば尚更です。しかし一方で、現在まで多くのデザイナーたちがそれぞれに個性あるフラワーベースを手がけてきました。デザイナーの仕事は一般に、多くの人々から必要とされるものをつくることです。では、必需品ではないフラワーベースという存在にデザイナーはどう向き合っているのでしょうか。
20世紀に活躍したフィンランドの国民的建築家、アルヴァ・アアルトによるプロダクトの代表作に「アルヴァ・アアルトコレクション ベース」があります。サヴォイ・ベースという別名をもつこの花器は、1936年にデザインされ、現在までフィンランドで職人の手吹きによって製造されています。最大の特徴は、湖や等高線を連想させるフォルム。有機的な要素を取り入れるのは、アアルトの建築に一貫して見られる特徴でもありました。彼は自身の哲学を、小さなガラスのオブジェに込めたのです。装飾を凝らした伝統的なフラワーベースとも、モダニズムに即した幾何学的なフラワーベースとも異なるスタイルは、当時は現代以上に新鮮なものとして受け入れられたに違いありません。
フランスのロナン&エルワン・ブルレックがデザインした「ルーツベース」は、サヴォイ・ベースと同じくフィンランドのイッタラから発売されています。サイズや色のバリエーションがありますが、共通しているのは上から見ると細い菱形をしていること。平面で構成されたフォルムは、やはりひとつ一つ手吹きで成形していて、丸みを帯びたものよりも難易度が格段に高いと言います。豊かなニュアンスをそなえた色合いが、この形状によって美しいグラデーションをつくり出しました。またユーザーが複数のルーツベースを並べて置き、形と色を重ね合わせることで、自分だけの風景をつくることも意図されています。生けた植物を美しく見せるとともに、空間にグラフィカルな彩りをもたらしてくれるプロダクトです。
ノルウェーのアンドレアス・エンゲスヴィックによる「サイレントベース」は、原点に立ち返ったようなフラワーベース。そのベーシックでピュアな姿は、必然的なものの美しさを思い起こさせます。形、サイズ、素材のいずれもが実用性をふまえていますが、あまりにシンプルだからこそ、デザイナーにとっては勇気の必要な提案だったに違いありません。こうしたアプローチは、北欧のデザインの伝統を大切にして活動するエンゲスヴィックならでは。プロダクトを単体として完結させず、空間を構成するすべてのもののひとつとして、デザインを捉えているかのようです。「静かな花器」というネーミングにも、メッセージを感じることができます。
ニコライ・ウィグ・ハンセンは、デンマークの注目のブランド、 Raawii(ラーウィー)の共同創業者でもあります。同国出身で、1990年に自身のスタジオを設立してデザイナーとして活動を続ける彼は、今までに多くのヒット作を手がけてきました。ユニークな色や形を、他のデザイナーにない感覚でミックスするセンスに秀でています。ラーウィーから発表している「ストロームベース」は、キュビスムに傾倒した20世紀デンマークの画家、ウィルヘルム・ルンストロームにインスピレーションを得たもの。3次元の題材を描いた2次元の作品を見て、3次元のプロダクトを発想したということになります。同じシリーズのジャグやボウルと組み合わせると、シュールさやユーモアがいっそう引き立ちます。
「VASE DÈCOUPAGE」(ヴァース デクパージュ)は、かなり奇抜な形をしています。たとえばヴァース デクパージュ フィーユ(中)は、穴のある筒型が本体で、そこにふたつの板状のパーツをつけて使用するもの。ヴァース デクパージュ バー(右)は1対の板と棒が、ヴァース デクパージュ ディスク(左)はひとつの丸い板がセットになっています。素材はすべてセラミックです。デザインしたロナン・ブルレックは、この花器に使われているのと同様の板状のセラミックで、バスレリーフ(Bas-reliefs)と呼ばれるユニークピースの作品も制作し、日本でも人気の高いドローイングとともに発表してきました。つまりヴァース デクパージュは、デザインとアートの要素を併せもつプロダクト。必需品ではないフラワーベースだから、これほど自由度の高い試みが実現できるのでしょう。
フィンランドのスタジオカクシッコが2019年に発表した「RIDGE VASE」は、縦に細かいレリーフが施され、中央が押しつぶしたように窪んでいます。これは彼らがパリを訪れた時、滞在したアパルトマンの玄関にインスパイアされたもの。日常の何気ないシーンから、デザインを発想したわけです。窪みは持ち運ぶ際のハンドルになり、生けた植物を直立させる役目も果たすといいます。ベージュ、オフホワイト、テラコッタという、建築的であるとともに、空間に馴染みやすい色のバリエーションを揃えているのもこのプロダクトの特徴です。
デンマーク出身でパリ在住のヘレ・ダンケアは、オーガニックにして大胆なフォルムの陶磁作品を多く発表し、ギャラリーで個展を行うなど作家として活躍しています。そんな彼女が、ステンレスを素材として優れた造形感覚を発揮したのが「ブルーム ボタニカ」。桜をモチーフにしたという彫刻的なフォルムが目を引きますが、不思議と花々の存在感を際立たせるデザインです。1904年に銀細工店として創業し、卓越したクラフツマンシップを受け継いできたジョージ ジェンセンと、ダンケアのコンテンポラリーなセンスの相性がいいのは明らかでしょう。20世紀半ばにこのブランドで多くの名作を手がけた偉大なデザイナー、ヘニング・コッペルをどことなく彷彿とさせます。
先日、建築家のジョン・ポーソンが住むホーム・ファームという建物を訪れました。数世紀前に建てられた農家を自身でリノベーションした別邸です。この家で彼が過ごす空間は、2つあるキッチンを含めて例外なく花が生けてあります。現代を代表するミニマリストと評されることも多いポーソンの家で、いくつものフラワーベースを目にしたのは意外といえば意外です。しかし決して不自然ではありませんでした。花や花器が、あるべき位置にぴったりと収まっているからでしょう。彼は空間を音楽にたとえることがありますが、合奏曲においてはどれかひとつの楽器の音が欠けているとハーモニーは成り立ちません。いくつもの音が揃うことで初めてもたらされる美しさや心地よさがあるのです。そんな感覚で、フラワーベースを生活に取り入れるのはどうでしょうか。
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