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カスティリオーニに見る、デザインの原点

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.18 2022.10.25

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。隔月の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
近著「デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ」(PRINT & BUILD)
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カスティリオーニに見る、デザインの原点

アキッレ・カスティリオーニといえば、イタリアデザインの歴史の中で今なお最も敬愛されているひとり。彼が兄のピエル・ジャコモ・カスティリオーニとともに残したマスターピースの数々は、すぐれたプロダクトとは何か、そしてデザインとはどうあるべきかを、時代を超えて教えてくれます。彼らが残したものを手がかりに、そこに込められた思いについて考えます。

カスティリオーニに見る、デザインの原点

白い大理石のベースからアーチ状のアームが伸び、ランプシェードをダイニングテーブルの上に浮かばせる。1962年発表の「アルコ」は、カスティリオーニ兄弟の代名詞のような照明器具です。模様替えなどでダイニングテーブルを動かす時、それに合わせてペンダントライトを移動するのは大変です。ヨーロッパで見られる天井の高い邸宅ではなおさらでしょう。その点、アルコはテーブルの真上へと簡単に位置を変えられます。大理石の上部にある穴は、棒を差し込んで持ち上げるためのもの。アーチには十分な高さがあり、テーブルの周囲の人の動きを妨げません。ベースが大理石なのは、その重さがアームを支える役目にふさわしかったからで、ゴージャスに見せようという意図はありませんでした。カスティリオーニの作風は一貫して合理主義に基づいていて、これは第二次世界大戦後のイタリアデザインの基調でもあります。

カスティリオーニに見る、デザインの原点

アルコと同年に発表された「トイオ」もまた、きわめて合理的な照明器具でした。この製品よりも前から、上に向けて強い光を放ち、天井や壁面からの間接光で室内を照らすアッパーライトはイタリアで流通していました。カスティリオーニ兄弟は、まず1954年、正面だけに光を放射するレフランプを用いたアッパーライト「ルミナトール」を発表。さらに1962年、当時のイタリアに出回りはじめた自動車用の300w電球を採用してトイオを完成させます。電球部分を支える細いフレームは釣り竿を応用してあり、約50cmの幅で高さ調整が可能です。さらにベース部分のトランスの重さが全体を安定させました。このデザインにおいては、自動車のヘッドライト、釣り竿、トランスのそれぞれが、本来の文脈とは違う役目を担いながら新しい照明器具を形づくっているのです。

カスティリオーニに見る、デザインの原点

既存のものを家具や照明に転用することを、カスティリオーニ兄弟は頻繁に試みていました。これはアートにおいてマルセル・デュシャンが提示したレディメイドに近いのですが、カスティリオーニの場合はあくまで実用性が第一の目的になっています。限られた素材や材料の中からリアルに役立つ要素を見つけるには、豊かな観察眼やすぐれた機知を欠かすことができません。「ランパディーナ」は置く場所を選ばない小型のテーブルランプで、ほぼ電球そのものの姿をしています。この電球を自立させたのが、昔の録音機や映写機に使われていたリールでした。ここにコードを巻きつけて、長いコードをすっきり収められるようになっています。

カスティリオーニに見る、デザインの原点

レオナルド ワークテーブル」は、天板を支える1対の脚部の支柱それぞれに5つの穴があり、そこに木の棒を差し込むことで高さを変えることができます。この脚部と天板は独立しているため、移動、収納、運搬がしやすいという利点があります。こうした仕組みは、絵を描く時のイーゼル、大工が使う作業台、木挽台などに昔から見られるものです。それらの要素を統合した、原始的と言っていいほど骨太に構成されたレオナルド ワークテーブルですが、無駄のない構造ゆえの洗練も感じさせます。トイオの自動車のライトのように、カスティリオーニは目新しいものを進んでデザインに活用した一方で、歴史的なオブジェクトから謙虚に学ぶ姿勢を忘れませんでした。

カスティリオーニに見る、デザインの原点

クマノ」という折り畳みテーブルは、フランスやイギリスの飲食店で広く見られた同系のテーブルをリデザインしたものと言われています。天板の直径を55cmとコンパクトにして汎用性を高め、折り畳みを容易にした上に、畳むと壁に掛けられるように天板に小さな穴を設けました。カスティリオーニは20世紀を代表するデザイナーですが、このテーブルをはじめとして、存在感を主張しないプロダクトにもまた真骨頂を発揮します。人々にとって必要な機能を満たすことをデザインの第一義とし、無駄な要素は極力削ぎ落とされていきました。こうした点で、この質素なほど簡潔なテーブルと、堂々とした佇まいをもつ「アルコ」のような照明器具には、通底するものがあるのです。

カスティリオーニに見る、デザインの原点

カスティリオーニ兄弟によるプロダクトの中で、テーブルランプ「スヌーピー」は異色と言えるでしょう。一見、機能に導かれたとは思えない、愛らしいフォルムが大きな特徴だからです。大理石のベースに丸みを帯びた大ぶりなシェードを載せたこの製品は、1967年の発表当時としては珍しい調光機能つき照明器具でもありました。光源となる電球は、円筒形のベースの先に上向きに設置してあり、そこからの光は黒いシェードの内側に反射してテーブルを照らします。つまりカスティリオーニは、各パーツの重量と光の広がり方をさまざまに試みる中で、こんなフォルムに自然と辿り着いたのかもしれません。機能や実用性の追求と、デザインがもたらす喜びは、決して矛盾しないのだと納得させられます。

カスティリオーニに見る、デザインの原点

ピエル・ジャコモ・カスティリオーニが1968年に亡くなった後も、アキッレ・カスティリオーニは多くの製品を手がけます。前述のうち「ランパディーナ」「クマノ」「レオナルド ワークテーブル」はアキッレ個人によるデザインでした。彼は並行してトリノ工科大学やミラノ工科大学で教鞭を執り、その他にも後進を導くような役割を果たします。たとえばドイツ出身のコンスタンティン・グルチッチは、カスティリオーニの精神を受け継ぐデザイナーのひとりに位置づけられます。出世作になった1999年発表の「メイデイ」は、置いたり、引っ掛けたり、吊るしたりと、多様な使い方ができる照明器具です。さらに手に持って懐中電灯のように使うためコードを長くして、そのコードを巻き取れるようにハンドルの形状を工夫しました。カスティリオーニの照明器具を多くラインアップするイタリアの「フロス」の製品であることも、偶然ではないでしょう。

世界のありようを広い視野で捉えながら、人々の日常に役立つ必需品をつくる。カスティリオーニのデザインは、そんなスケールを超えた人間的感覚に根ざしていました。もしも今、彼らが現役だったら何をしているでしょうか。プロダクトのデザインよりも、環境、貧困、人権といった社会課題に取り組んだかもしれません。ただし、それでも持ち前のウィットと柔軟さを忘れることは決してなかったでしょう。

参考文献:『アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン』多木陽介(AXIS)
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