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スイス、ECAL卒のふたりのデザイナーの作風。

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.11 2021.09.22

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。毎月20日の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
近著「デザインの現在 コンテンポラリーデザイン・インタビューズ」(PRINT & BUILD)
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スイス、ECAL卒のふたりのデザイナーの作風。

スイスのローザンヌにあるECALは、近年、世界的に最も注目されるデザイン学校のひとつ。そこで学んだミシェル・シャーロットとアント二ー・ゲのスタイルには、それぞれに個性がありながら、新しい世代のデザイナーとしての実直な姿勢と新鮮なセンスが反映されています。

スイス、ECAL卒のふたりのデザイナーの作風。

スイスはヨーロッパにおいて大きな国ではありませんが、デザインの分野での存在感は年々増しています。その要因のひとつはECAL(École cantonale d'art de Lausanne/ローザンヌ州立美術学校)の躍進でしょう。1984年生まれのミシェル・シャーロット(Michel Charlot)は、2009年にECALを卒業して11年に独立。自身の活動と並行してECALの教師でもあるデザイナーです。彼がかかわり、今年のミラノデザインウィークで話題になった産学協同プロジェクト「ECAL x MUJI: Compact Life」は、同校のインダストリアルデザイン科の学生たちが日本の無印良品の開発手法を学び、コンパクトな住空間に役立つプロダクトを発想して試作した成果でした。

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ミシェル・シャーロットは独立以前、イギリスのデザイナー、ジャスパー・モリソンの下で働いていました。そのモリソンが2019年にキュレーションした企画に、フィンランドのフィスカース村のデザインビエンナーレで行われた「ソーシャル・シーティング」展があります。これはモリソンが選定した18組のデザイナーが村にある川のそばに置くベンチをつくるという、この年のビエンナーレのテーマ「共存共栄」に即したものでした。シャーロットによるモジュール式ベンチは、金属のロッドで全体を構成した、軽量で耐久性の高いもの。自然の風景に馴染む工業製品の姿です。

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スペインのKettalのためにデザインされた照明器具「Fila」は、アルミニウムのフレームにファブリックをかぶせたもの。イサム・ノグチの名作照明「AKARI」を連想させるシンプルな構造ですが屋外使用が可能で、太陽の下でも、夜間に明かりを灯した時も、ファブリックのユニークな色合いを楽しめるようになっています。シャーロットはジャスパー・モリソンから、「デザインがいかに肩の力を抜きながら多くの要求に応えるべきか」を学んだといいます。「Fila」もまた、なにげないようでいて、プロダクトが満たすべき数々の要点をしっかりとふまえています。

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O-tidy」は小物や文房具のためのオーガナイザーです。丸いトレイとカップを組み合わせたフォルムは、ふたつの用途をまとめることで限られたスペースをすっきりと見せ、カードを立てかけるような新しい機能もそなえさせました。食品に安全な樹脂を用いているため、ワークスペース以外にも、キッチン、ダイニング、洗面所などで使うことができます。「いいデザインが生活の質を上げることと、同時にその逆もありえること。私は早くからそこに気づいていました。あらゆるところに改善の余地があるのは明らかなのです」。シャーロットはデザイナーとして活動する動機をそう述べ、そんな余地の有無が新しい仕事に取り組む基準なのだといいます。

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アント二ー・ゲ(Anthony Guex)は、木工職人として7年間の経験を積んだ後、ジュネーヴの芸術デザイン学校「HEAD」とECALでインテリアやプロダクトのデザインを学びました。ECALの卒業は2015年ですが、十分な経験を積んでいるともいえます。卒業制作が発展した「Lausanne」は、グレンウッドベンチと呼ばれる伝統的なベンチに、アルミ製の背もたれを取り入れて耐久性や汎用性を向上したもの。アウトドア家具のブランドTectonaで製品化されました。また「Abaque」はセメントボード製の屋内外両用テーブルで、量感のある筒型の脚部と、対照的な薄い天板で構成されています。ゲに尊敬するデザイナーを尋ねると、コンスタンティン・グルチッチの名前を挙げました。彼がつくるものには常に驚きがあり、リスクを引き受けながら予想を裏切ってくれるのだといいます。またトレンドに左右されず、自分自身を更新していく点にも惹かれるのだそう。そんなゲの目指すところは、このテーブルからも読み取ることができます。

スイス、ECAL卒のふたりのデザイナーの作風。

アント二ー・ゲもまた、ミシェル・シャーロットのようなツールボックスをつくっています。ただしシャーロットのものがデスクなどの身の回りを整理するツールなのに対し、鋼板を折り曲げて製造する「Hoist」はいっそう工具感があり、工房や作業部屋に似合う趣があります。ハンドルとして穴をあけた板がアールを描き、丸いトレイの底に接合されて内部を分割するという仕組み。だから一方に物差しなどの長いものを、一方にテープやクリップなどの小さいものを入れるのに都合がいいのです。ベルリンのデザインレーベル、New Tendencyの製品です。

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木工技術を体得したアント二ー・ゲにとって、木の家具は真骨頂を思わせます。スイスのOkroのためにデザインした椅子「Mai」は、ほとんどのパーツを水平垂直で構成し、人の身体に触れる座面と背もたれだけを曲面に成形しました。すみずみまで幾何学的なフォルムでありながら優しい感じもする、そのバランス感覚に唸らされます。 またカナダのFogo Island Workshopから発表した新作アームチェアは、Maiと同様に幾何学形態を基調としつつ、座面の左右の板材が座る人を包む印象を与えます。また、このパーツによって簡潔さを損なうことなく強度を高めました。「私はいつも木という素材に魅了されてきました。木工の伝統的なノウハウと、新しい形を模索して生成できる現代の製造技術との衝突も楽しんでいます」とゲはいいます。

ミシェル・シャーロットとアント二ー・ゲに、デザインについて大切にしていることを尋ねると、シャーロットは「便利で耐久性のあるものをつくること」、ゲは「時間が経っても使えるものをつくること」と答えました。各分野で活躍するプロのデザイナーが教師として参加し、さまざまなデザインを実践できるECALで刺激的な体験をした彼ら。当時から好奇心、広い視野、新しい挑戦の価値を知ってきたに違いありません。ふたりのデザインは、冷静かつ実直でありながら、揺るぎない新鮮さがそなわっています。まだ若い彼らがその作風を発展させた先に、未来の定番が生まれていく予感がします。

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