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「アフタールーム」、自然体から生まれる優美さ。

©Lintex (www.lintex.org)

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.08 2021.06.21

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。毎月20日の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
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「アフタールーム」、自然体から生まれる優美さ。

シンプルで無理のないフォルムと、研ぎ澄まされた表現性。スウェーデンのデザインスタジオ「アフタールーム」の作風は、空間の中で主張しすぎない北欧のインテリアの伝統に敬意を払いながら、自らの感性と日常感覚を大切にして、その現在形を提示しつづけています。

「アフタールーム」、自然体から生まれる優美さ。

アフタールームは、今までこのコラムで取り上げた「MSDSスタジオ」や「スタジオ・トルヴァネン」といくつかの共通点があります。男女二人組で公私ともにパートナーであること、ふたりが異なるバックグラウンドをもつこと、デザイナーの出身国が必ずしも現在の拠点でないことなどです。アフタールームのHung-MingChenとChen-YenWeiは台湾出身。2006年、工業デザインの経験を積んだHung-MingChenがスウェーデン国立芸術デザイン大学(コンストファク)へ留学するのを機に、ふたりはストックホルムに移り住みました。それまでChen-YenWeiはファッション関連の仕事をしていたといいます。コンストファクといえば、クラーソン・コイヴィスト・ルーネフロントTAFスタジオはじめ多くの著名デザイナーが輩出している名門校です。

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デンマークのブランド「メニュー」から2012年に発表された「アフタールームチェア」は、ふたりの出世作と位置づけられるベストセラーです。ダイニングチェアとしては珍しい3本脚で、前脚から伸びるフレームが小さめの背もたれを支えています。最小限の構造と素材で最大限の美しさを目指すというコンセプトは、ドイツの造形学校「バウハウス」と機能主義へのオマージュだそうです。自由な発想と絶妙のバランス感が、タイムレスな構造美を生み出しました。 「メニューは私たちが初めてコラボレーションしたクライアントです。その協力関係から学んだことは多く、今日の私たちを形づくる基盤になりました」とふたりは述べています。

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発売と同時に好評を博したアフタールームチェアは、カウンターチェアやテーブルなどいくつものアイテムへと展開していきました。「アフタールームベンチ」もそのひとつで2016年に発表されています。バウハウスのスタイルや機能主義を参照した構造を継承しながら、ベンチにサイドテーブルを一体化することで独特の存在感を際立たせたものです。さらに天板に大理石を、座面にレザーを用いて、異素材のコンビネーションによって簡潔さとスタイリッシュさを両立させています。これは単に既存の椅子のバリエーションではなく、デザインの新しい発展形なのです。

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デンマークのキッチンブランド「Reform」のために手がけたサイドボードも、アフタールームのデザイン哲学に忠実に則った製品です。ストライプ状のレリーフをパネルに施したのは、この造形がインテリアの最も基本的な要素だと彼らが考えているから。こうすることで、幅広い空間や多様な家具と調和する佇まいとしています。家具のデザインは、個性豊かであることが愛着や思い入れのきっかけになると思われがちです。しかし飽きずにずっと長く使える家具は、その時間の積み重ねによって愛着を深めていく。アフタールームは、そう意図しているようです。

「アフタールーム」、自然体から生まれる優美さ。

ストックホルムにあるスウェーデン国立美術館が2018年にリニューアルする際、この国の多くのデザイナーたちが家具や備品をデザインするプロジェクト「NM&」がありました。アフタールームはレストランで使う「CAFE TABLE NM」を手がけています。コンクリート製の重い台座に、円形の天板をセットするもので、台座には低い位置と高い位置の計2箇所に穴があるので、差し込む位置によって高さが変えられます。一緒に使う椅子の高さやシーンに合わせて変化する2ウェイテーブルなのです。素材や形態のコントラストが明確で、シュールなオブジェのような印象もありながら、しっかりとした実用性があるのがポイント。スウェーデンの家具ブランドから製品化されています。

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「私たちの暮らしでは、仕事することと生活することが一体になっているので、必要なのはどちらにも適した場所です。理想の住空間とは、広々していて、明るく、静かで、当然ながら自然と水辺に近いところです」。 昨年発表の新作「ストーリー・プランター」は、そうコメントするアフタールームらしいアイテムです。1本の支柱に植物用のポットをいくつも設置できる仕組みで、空間の一角を多様な植物で彩ることができます。もともとふたりは同様の仕組みで本を積んで収納する「ストーリー・ブックケース」を発表していました。1つのアイデアを膨らませ、再解釈することで、やはり新しい機能が実現しています。

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「ストックホルムでの生活や仕事は、私たちのデザインに影響を与えてきました。ここにはアジアとはまったく違うライフスタイルがあり、この環境が少しずつ私たちを変えたのだと思います。私たちの生き方は徐々にスローダウンし、より根本的な問題を考えるようになりました」。ふたりがこう述べるように、アフタールームの活動には日常を見つめる落ち着いた視線を感じます。たとえば「Even Sofa」は、日本の畳にインスパイアされたというモジュール式のソファ。ローテーブルにもなるベースと四角いクッションで構成され、空間やニーズに合わせて多様な組み合わせを可能にしています。静かなくつろぎをつくり出す家具です。

「アフタールーム」、自然体から生まれる優美さ。

©Lintex (www.lintex.org)

スウェーデンの「LINTEX」から発表されている「A01」は、ワークスペース用のいわゆるホワイトボード。リンテックスは同種の製品を多くラインアップしていますが、中でもA01は最も洗練されたもののひとつでしょう。オークのフレームの中央に丸や四角形のシートが浮かぶようなデザインで、そこにペンで書いたり、紙片などを留めておくことができます。「シンプリシティ、実用性、エレガンスのバランスを創造したかった」とアフタールーム。近年はマイケル・アナスタシアデスノーム・アーキテクツをはじめ、純粋な要素の組み合わせで奥深い表現を生み出すデザイナーの活躍が目立ちますが、アフタールームもまた同様のタイムレスさを共有しています。

「アフタールーム」、自然体から生まれる優美さ。

まずはふたりでアイデアを出し合い、互いに納得するまでデザインの方向性を話し合って、ほとんどの仕事を進めていくというアフタールーム。その後のプロセスではHung-MingChenが設計や試作を担当し、Chen-YenWeiはアートディレクターとして表現を微調整したり、カラーリングの選択など最終的なビジュアル面を決めていくそうです。私生活と仕事もはっきりと区別せず、ふたりが相手の感性や価値観を尊重しながらデザインする姿勢が、彼らのクリエイションを裏づけているに違いありません。現在、そんな姿勢はデザインにいっそう豊かに生かされようとしています。 「パンデミック以降、自宅で仕事をすることは継続的なトピックになり、オフィス家具やインテリアのあり方が見直されています。私たちはこの領域でできることがもっとあると感じていて、実際にプロジェクトも進行中です」

デザイナーとして大切にしていることをふたりに尋ねると「健康でいること」と答えてくれました。それは仕事上だけでなく、子どもを育てる親としても最も重要であるのだと。簡潔さ、優美さ、使いやすさを兼ねそなえるアフタールームのプロダクトが、同時にとても誠実な感じがするのは、自然体の生き方とデザインが結びついているから。ふたりの言葉に、そう確信することができます。

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