現在カート内に商品はございません。

イームズ・デザインが秘める二面性

INSIGHT

Takahiro Tsuchida

vol.06 2021.04.20

豊かなクリエイションを発信するもの、こと、人、場所をデザインジャーナリストの土田貴宏さんの目線で捉える“INSIGHT”。毎月20日の更新で世界のデザインのあれこれをお届けします。

土田貴宏
土田貴宏

ライター/デザインジャーナリスト。2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリアはじめさまざまな領域のデザインをテーマとし、国内外での取材やリサーチを通して、「Casa BRUTUS」「AXIS」「Pen」などの雑誌やウェブサイトで原稿を執筆。東京藝術大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師を務める。
Twitter

イームズ・デザインが秘める二面性

アメリカのミッドセンチュリーを華やかに彩ったデザイナー夫妻、チャールズ&レイ・イームズ。モダン、スタイリッシュ、イノベーティブといった言葉で形容されるその作風ですが、ふたりが手がけた家具は徹底した合理主義に基づいていました。それでいてどこか楽しげなのが、イームズのデザインの不思議なところ。その理由をあらためて考察します。

イームズ・デザインが秘める二面性

チャールズ&レイ・イームズがデザインした家具の第一の特徴。それはすみずみまで合理性を追求したフォルムです。ある目的を達成するために、必要な要素はそのレベルを最大限に高め、不要な要素は一切省く。その結果、どの家具にもオリジナリティあふれるフォルムがそなわりました。最も有名な「プラスチックシェル アームチェア ワイヤーベース DAR」は、そのシンボルです。1枚の薄い樹脂による3次元曲面の座面は、座る人の身体と広い面積で接して、無駄な部分がありません。椅子は身体との接地面積が広いほど、体重が分散するので快適なのです。また独特の構造の脚部は、食事や仕事にちょうどいい高さを最小限の素材で保持し、この椅子をいっそう軽やかにしました。

イームズ・デザインが秘める二面性

ラ シェーズ」は、1948年に試作品が発表され、後にヴィトラから復刻された伝説的名作のひとつです。イームズ夫妻がある彫刻を参照した椅子だとも言われますが、果たしてそうでしょうか。アシンメトリーな座面のフォルムは、正面を向いて座る際、左手側の一段高い部分に本などを置いたり、もうひとりが腰掛けたりできます。そして寝椅子として使う時は、全身を横向きにシートに預けるのに最適なのです。印象的な座面の穴は、どちらの座り方でも不要な部分を削り取ったように見えます。また片側の脚部に用いたクロスバーは、フレームの安定性を増す働きをします。大胆なシルエットが彫刻的であっても、この椅子はあくまで新しい座り方に即した形をしているのです。

イームズ・デザインが秘める二面性

理想の家具のあり方を目指し、イームズ夫妻は新しい素材や技術を探求し続けていました。1940年代、ふたりの出世作になった「プライウッド ラウンジチェア」で用いたのは、プライウッドの3次元成型という技術です。これは数ミリ程の薄い板を何枚か重ねて強い圧力を加え、接着して形状を保つもので、2次元成型に比べて3次元成型の量産化には数々のハードルがありました。イームズは、その技術を自ら開発して座面に用いることで、人の身体の曲線にフィットする椅子を効率よく製造することに成功します。プライウッド同士のジョイント部分にゴムを挟むなど、座り心地と生産性を両立する工夫も盛り込まれました。

イームズ・デザインが秘める二面性

1950年代後半、イームズ夫妻はアルミニウムを使った家具に取り組みます。アルミニウムの鋳型成型は、彼らの家具の造形を豊かに発展させました。58年発表の「アルミナムグループ」に着手したのは、夫妻と長く親交のあったエーロ・サーリネンアレキサンダー・ジラードが手がけた住宅のため、室内でも屋外でも使用できる椅子をつくろうと考えたからでした。耐候性が高く錆びないアルミニウムにより、有機的なフォルムのフレームが完成します。そこに化学繊維のファブリックを張って座面とし、アーム以外のフレームが身体に直接触れない構造は、金属特有の冷たさや硬さを感じさせません。「アルミナムグループラウンジチェア アウトドア」は、発表当初のアウトドア用の椅子を思わせる、耐久性に優れたファブリックを用いたアップデート版です。

イームズ・デザインが秘める二面性

イームズの合理主義者ぶりを伝えるのは、そのフォルムだけではありません。同じパーツの流用や応用もしばしば見られる手法です。たとえば細長い楕円形の天板をもち、サーフボードテーブルという愛称でも呼ばれる「エリプティカルテーブル」(ETR)の脚部は、四角い小型テーブル「ワイヤーベースローテーブル」(LTR)の脚部とほぼ同一のもの。発表年は同じ1950年ですが、ETRの開発時には、LTRをふたつ並べた上にいろいろな板を置き、形状を検討したといいます。他にもイームズは、「ワイヤーチェア」、「プラスチックシェル サイドチェア」、「プラスチックシェル アームチェア」の脚部を共通の仕様にしたり、プライウッド ラウンジチェアの後脚を「レクタンギュラー コーヒーテーブル」の脚部に応用したりしています。

イームズ・デザインが秘める二面性

パーツの共用といえば、その手法をモジュールシステムへと高めたのが収納家具「イームズ ストレージユニット」(ESU)です。この家具は、ネジ穴のある縦のフレーム、プライウッドの棚板やパネル、安定性を増すためのX字型のクロスサポート、引き出しなどのコンポーネントで構成されています。1950年代初めに発表され、2列×1段、2列×2段、2列×4段などの基本システムについて、カラーリングや引き出しの有無など幅広いバリエーションが用意されました。ESUのデザインは、規格品の鋼材やパネルを組み合わせて1949年に完成したイームズ夫妻の自邸「イームズハウス」の手法を、家具へ発展させたものと考えることができます。

イームズ・デザインが秘める二面性

イームズによる家具のデザインには、すべてに理由や裏付けがあります。ゆったりとして余裕を感じさせる「ラウンジチェア&オットマン」も例外ではありません。座面とオットマンや、背もたれとヘッドレストのクッションを同一にして簡素化を図り、組み立てやすさにも配慮してあります。ただし彼らのデザインが何より際立っているのは、その合理主義的な完成度が、厳格さや冷淡さをまったく感じさせない点。いずれもどこかフレンドリーで、楽しげな雰囲気があります。ちなみにイームズの家具において例外的に機能と関係ない造形が見られる「ウォールナットスツール」は、アートのバックグラウンドをもつレイ個人のデザインだとする資料もあります。すると一連の家具の不思議な二面性を、夫婦それぞれのキャラクターと重ねたくなりますが、おそらくそんな単純な話ではありません。チャールズとレイの創造性は、分かち難く結びつき、互いの優れた面を引き出して、家具づくりにいくつもの奇跡を起こしたのでしょう。

バックナンバーを見る
Menu